【『芸人年表』vol.1 ~リニア~】M-1のおかげで胸を張って漫才師だと言えるようになった。葛藤を経てセカンドに挑む、リニアの歴史〈1万字インタビュー〉

芸人の歴史を深掘りし、年表とグラフをもとに話を聞くインタビュー連載『芸人年表』。連載第1回に登場するのは、プロダクション人力舎所属のリニア

リニア(左:しょうへい、右:酒井啓太)

リニアの歴史は、2005年までさかのぼる。当初はトリオとして活動し、2008年にコンビ「S×L(エスエル)」を結成。『THE MANZAI』で認定漫才師に選ばれるなど好調だったが、2016年に突如解散。その後「リニア」と名前を変えて再結成したが、低迷期が長く続いた。2023年に『M-1グランプリ』ラストイヤーを終え、現在は『THE SECOND』に挑戦中。選考会の結果上位8組に残り(3月21日現在)、注目が集まっている。

リニア(左:しょうへい、右:酒井啓太)

解散・再結成を経て、ここ数年は「解散」を意識しながら活動を続けてきたリニア。これまでなにを思い、どんな葛藤を感じながら歩んできたのだろうか。好調期・低迷期をグラフにしてもらい、話を聞いた。

それぞれの芸歴グラフ

酒井のグラフ
しょうへいのグラフ

【2005年~2008年】トリオからコンビへ

———おふたりは養成所で出会い、最初はトリオ「バリアスリー」を組んでいたそうですね。

酒井 啓太(以下、酒井): そうなんです。当初はしょうへいと別の人でコンビを組んでたんですけど、ネタ合わせをしてもしょうへいが全然しゃべらなかったらしくて。当時から僕はおしゃべりだったので、「しゃべるヤツを入れよう」ということで誘われました。もうひとりが抜けて、2008年にしょうへいと「S×L」を組みました。

酒井 啓太

———当時は漫才ではなく、コントをしていたとか。

酒井: 人力舎=コントというイメージだったので、コント師に憧れを持っていたんですよ。それで、トリオ時代からずっとコントをしていました。僕が高校時代に体操をしていたので、バク転や倒立をするような視覚的に楽しい感じのコントでしたね。あとトリオから抜けたのがツッコミのヤツだったので、当時はダブルボケでした。

しょうへい: コンビになってからも2年くらいはダブルボケ&アクロバットでやってましたね。当時は「無理やりにでもアクロバットの技を入れよう」みたいな感じでネタ合わせしてました。

しょうへい

———コントのストーリーよりもアクロバット重視?

しょうへい: ストーリーは関係なかったです(笑)。

酒井: 立てこもり犯がいて、そこに刑事がやってきて、拡声器で「出てきなさい!」みたいなことを言ってるけど、だんだんふたりともボケてきて……みたいなネタをやってました。1ミリもウケなかったです(笑)。

———グラフを見ると、ふたりとも2008年が好調期のようですね。この時期なにがあったんですか?

ふたりとも、最初の山は2008年

しょうへい: 『新しい波16』に出してもらった時期ですね。

酒井: 若手が出て、優秀な人はレギュラーになれるという番組で。これに結成数ヶ月で出してもらえたんです。

しょうへい: この時期は、毎日のようにお台場までネタ見せに行ってました。スタッフさんからも「絶対にレギュラー受かりますよ!」と言われて、僕は気分が良くなっちゃって。レギュラーになれる気でいました。

酒井: え、マジか。俺はしょうへいよりは冷静でした(笑)。収録でめちゃくちゃスベったじゃん。

しょうへい: スベったけど、スタッフさんが「絶対受かりました」って言ってたから……(笑)。

『新しい波16』MCのウエンツ瑛士に一発ギャグを振られたが、尖っていたため断ってしまったという酒井。「今でもウエンツさんに謝りたいです」とのこと

酒井: そっか、俺は全然「受かった」と思ってなかったな(笑)。たしか、ジューシーズさん(現「サルゴリラ」)とかと収録日が一緒だったんですよ。

しょうへい: 収録終わって、一緒に飲みに行ったね。

酒井: 打ち上げでもほかの出演者が凄すぎて、トークも全部面白くて盛り上がってて、「ダメだ」って思った。

しょうへい: いや、でもスタッフさんが「受かりました」って言ってたから……(笑)

酒井: なるほどね、その言葉にすがりついてたんだ(笑)。

『新しい波16』スタッフの発言に気分を良くしていたしょうへいと、冷静だった酒井

【2011年~2014年】クビ切り寸前でコントから漫才に

———コントをやっていたところから、漫才に変わったのはいつ頃ですか?

酒井: 2011年頃ですね。当時の人力舎は、1年ごとにクビを切るみたいな制度があったんですよ。ウケてない人はクビ宣告の半年くらい前に呼ばれて、「変わらないとヤバいよ」と言われるんです。実際クビになる人はほとんどいなかったのですが……。

しょうへい: それに呼ばれちゃったんだよね。

2011年頃、結果が出ずクビになりそうに

酒井: そうそう。それで「なにか変えなきゃ」ということで漫才にシフトしました。このとき、先輩に「クビになりそうです」と相談したんですよ。そうしたら「一度ちゃんと“ベタ”を学んだほうが良いんじゃない?」って言っていただいて。とにかく「ウケることをまず覚えたほうが良い」と。アドバイスをもらって、毎日バイト帰りにレンタルビデオ屋に行ってお笑いのDVDを借りるようになったんです。「あ」行から順番に1本ずつ借りて、ノートにお笑いの構造を全部メモりました。それを「あ」から「ん」までやったんですよ。

しょうへい: すごいですよね。

酒井: 先輩から言われたのが、DVDを観て「すべてをメモる必要はない」ということ。「『面白い』と思ったことをメモりなよ。その集合体が酒井のセンスなんだから」と言われました。

仲の良い先輩・ゆってぃに相談したところ、東京03飯塚を誘い飲みに連れて行ってくれた。レンタルビデオ屋のアドバイスは飯塚からもらったもの。酒井いわく「普段から飲みに行くような仲ではないけど、僕の芸人人生には飯塚さんからの言葉がたくさんあります」

———漫才に切り替えて、すぐに結果が出たのでしょうか?

酒井: しばらくは「多少はウケるけどよく分かんない」という状態でした。ただ、2012年頃に“人力舎のプロ芸人”と“イケイケの学生芸人”が戦うというバトルライブがあったんですよ。当時学生芸人だったスパナペンチ(2014年解散)や真空ジェシカが人力舎に入るかどうかというタイミングで、そのライブに僕らも出ることになって。
僕は勝手に「ここで結果を出せなかったらクビになるんだ」と受け取って、自分なりに勉強してつくった漫才を持っていったら、そのライブで2位を取ることができたんです。1位は学生芸人のスパナペンチだったんですけど、僕らからすると2位になれるなんて夢みたいな話で。それで、ラバーガールさんが「あいつら2位になったんだから、今度ある人力舎の大きいライブに出してください」ってマネージャーさんに言ってくださったんです。

しょうへい: あ~、そうだそうだ。

酒井: その大きなライブでもウケることができて、この辺から自分たちのやるべきことが分かってきました。

しょうへい: その年(2012年)に初めて認定漫才師になれたんだよね。

———2012年~2014年頃のグラフを見ると、好調ですね。

2012年~2014年は、ふたりともグラフの線が上向き

酒井: 『THE MANZAI』で認定漫才師になったり、オンバトに出れたりしたころですね。2012年の『THE MANZAI』は、ラフォーレ原宿で2回戦があったんですよ。2回戦は「ここで勝ったら認定漫才師50組に入れる」というタイミングで、めちゃくちゃウケて。それまで「1回戦はなんとか受かっても2回戦は通用しない」というコンビだったので、帰り道チャリを漕ぎながら「自分の人生でこんなことが起きるんだ」って泣いたの覚えてます(笑)。「もしかしたら人生変わるかも」って。

しょうへい: 最高潮の時期でしたね。

酒井: この時期はもう、調子こいてましたね~。ずっと認められなかったのに、やっと認められたように思って。「俺は凄いんだ」って思っちゃって、嫌なヤツだったろうな。今思い返すと、認定漫才師になったりテレビに呼ばれたりすることによって、当時やっていたスタイルに固執してしまっていたと思います。自分が本当に面白いと思えているかはさておき、「ウケてる」とか「結果が出ている」ことに必要以上に振り回されてしまって。

———「やりたいお笑いかどうか分からないけど、ウケるからやっている」みたいな感じですか?

酒井: 「やりたいことだ」と当時は思い込んでいたと思います。これが俺らの笑いなんだから、これで売れるんだろうと。嫌なヤツでした。

しょうへい: 当時は、同期に「啓太とは話したくもない」って言われてました(笑)。

しょうへいいわく、当時の酒井は同期からも敬遠されていた

酒井: どっか態度に出ちゃってたんでしょうね……。当時、僕は同じく調子が良かったウエストランド、三四郎、巨匠(2016年解散)、ザンゼンジ(2015年解散)とかとよく遊んでいて。それもあって、考え方がおかしくなっていた時期だと思います。芸人同士でお付き合いをしていた女性芸人に、いきなり「うちの彼氏、あんたのことめちゃくちゃ嫌いって言ってたよ」と言われたこともあります(笑)。……ウーマンラッシュアワーさんが『THE MANZAI』優勝したのっていつだっけ?

しょうへい: 2013年かな。

酒井: 村本さんを見て「性格が悪いお笑い=カッコいい」みたいに思って、それに流されたのもあります。まさにこの時期ですね。

しょうへい: ウーマン村本さんに憧れて、この時期、MC中は衣装着なかったよね。

酒井: ウーマンさんが『バカ爆走』(プロダクション人力舎の事務所ライブ)に来てくれたとき、漫才はスーツだけどMCは私服だったんですよ。「なんでですか?」って聞いたら「大阪はそうやで」って(笑)。それがカッコよくて、漫才するとき以外は私服でライブに出てました。

しょうへい: みんなにツッコまれてたね。

【2015年~2016年】解散、そして即再結成

———好調だった数年を経て2016年に解散・再結成し、低迷期に入りますね。年表だけ見ると、結果を残しはじめた直後に解散しているように見えます。この時期なにがあったんでしょうか?

酒井: 2015年にM-1が再開して、僕らは3回戦で敗退するんですよ。ここで「『THE MANZAI』は認定漫才師になり準決勝(本戦サーキット)まで残れていたのに、こんなところで落ちるんだ」と思ってしまうんです。さらに、落ちたことをM-1のせいにして「審査員分かってねぇな」みたいなモードに入っちゃって。「頑張ってるのに、評価してくれないじゃねぇか」みたいな時期。芸人としても人としても、非常に良くなかったですね。完全に腐ってました。そのモードのまま、僕から「解散しよう」と言いました。

2012年~2014年は好調だったが、2015年のM-1で思うような結果が出ず2016年に急降下

———しょうへいさんは、すぐ解散を受け入れることができたんですか?

しょうへい: そうですね。それまで啓太が全部やってくれてたんで、「解散」と言われたら「解散だよな」と。

酒井: 嘘つけ。お前、1回粘ってくれたろ。隠すな(笑)。

しょうへい: そうだっけ?

大事なところを忘れていたしょうへい

酒井: 1回「解散OK」って言ったけど、森枝さん(元エレファントジョン)に「本当に良いのか」って言われて、粘ってくれたじゃないの。最近藤井ペイジさんの配信にしょうへいが出たときも同じ話題になって、観てて俺「あ、隠した」って思ったもん。

しょうへい: 忘れてました(笑)。ごめんごめん、これから聞かれたら「粘りました」って言う(笑)。

藤井ペイジのYouTubeチャンネルでも、S×L解散について語られている(『ペイジちゃんねる』「【次世代天然芸人】リニア・しょうへいと本音トークその①【THE SECOND 台風の目】」より)

———解散後、8ヶ月で再結成して「S×L」から「リニア」に改名するんですよね。なぜ再結成したのでしょうか?

酒井: 解散したら「僕は引く手あまただろう」と思っていたんですけど、ほとんど誘われなかったんですよ(笑)。元々ネタづくりも外交も俺がやってたんで「しょうへいはなんもやらねぇじゃないか」と思ってたんです。でもよく考えたら、なにも文句を言わずついてきてくれる人なんてなかなかいない。それに気付いて、再結成の提案をしました。

しょうへい: 僕は啓太と解散してから別の人とトリオを組んだんですけど、うまくいかなかったんです。人力舎にもネタ見せに来たけど所属できなくて、マネージャーさんにも「難しいね」と言われてしまって。フリーで活動する話も出たけど、それは怖い。それでトリオを解散して、そのタイミングで啓太から声をかけられました。

酒井: 解散前はコンビ仲が良くなかったし、ネタの話しかしないし、多分お互い「コイツなんなんだよ」って思ってたし……「再結成しよう」なんて言い辛いし恥ずかしかったけど、しょうへいなら受け入れてくれると思って話をしました。

しょうへい: 再結成はひとりで決めたの?

酒井: いや、岡野(陽一)とかと飲んでそういう話になって、「再結成したいなら早く連絡したほうが良いんじゃない?辞めちゃうかもしれないし、ほかで組んじゃうかもしれないし」と言われて。

芸人仲間の後押しもあり、再結成へ

———しょうへいさん的には、再結成は即OKだったんですか?

しょうへい: どうだったかな。たしか、啓太から「腹割って話そう」って連絡が来たんですよ。今まで連絡なんて無かったのに、急に。今の奥さん(当時の彼女)と一緒にいて「こんな連絡が来て怖い、なにこれ」って話をしたら、「よく分かんないけど行ってみたら?」って言われたんです。それで、啓太と一緒に居酒屋に行きました。

酒井: 「もう1回やり直さないか」って言ったら、すぐに「その言葉を待ってた」と返されて。解散後にトリオ組んでたし、「嘘つけ!」と思いました(笑)。回答するのが早すぎて、僕から逆に「ちょっと待て」と。

しょうへい: そうそうそう。

しょうへいの返事が早すぎて酒井は戸惑ったという

酒井: 本当にちゃんと考えたほうが良いと思ったんですよ。再結成ってなかなかのことだし、俺はずっと考えた上で誘っているけど、「あなたは今初めて言われてOKなの?大丈夫?」って。

しょうへい: 啓太がすごい慌ててたんですよ。「ちょっと待って待って」って(笑)。

酒井: それでちょっと期間を置いて、もう一度話して再結成しました。

———「ふたりで居酒屋に行ってちゃんと話す」みたいなことは、よくあったんですか?

しょうへい: ないです。あれが初めてですね。

酒井: めちゃくちゃ照れ臭かったです。

しょうへいの異常性

———以前はコンビ仲が良くなかったとのことですが、再結成後すぐに関係性が変わったのでしょうか?

酒井: 当時と今ではだいぶ関係性が変わりましたけど、解散・再結成がきっかけで変わったわけではないんです。改善したのは本当に最近で、2021年頃なんですよ。コロナ禍で、しょうへいが持病を持っているのもあってM-1自体欠場することになって。この時期、僕は「自分くらいのレベルの芸人はいっぱいいるよな」と、これまでもなんとなく思っていたことにちゃんと向き合ってみたんです。その結果、僕らを初めて見た人が興味を持つのは「絶対にしょうへいだ」と気付いて。
しょうへいって本当に変な人間なんですよ。芸人やってなかったらマジで生きていけないタイプ。人生ずっと変なことをやっているしょうへいに、舞台上だけ都合よく変なことする僕が勝てるわけがない。ネタをつくるとか外交をするとか「俺ばっかりやってる、しょうへいはずるい」と思っていたけど、それ自体が間違えてたんです。そもそもネタ書くのが好きだからやってるし、人が好きだから外交もやってるわけだし……それをまるで「自分の役割」みたいに思っちゃってた。でもしょうへいは普通に生きているだけなのに変で、それって宝なんです。

2021年、酒井は自分と向き合ったことで「リニアの主役はしょうへい」と気付いたという

———それまでは「自分が主役」だと思ってたんですか?

酒井: めちゃくちゃそう思ってました。ネタ書いてるんだから俺のほうが目立つべきだし主役だろと。イタいけど、その気持ちがずっと抜けなかったんです。でも、いつか売れてしょうへいが注目されたとき「コイツってこうなんですよ」と説明できるのは僕だけだと気付いたんです。そのポジションであれば僕も芸能界にいられるんじゃないかと思って、気持ちが入れ替わりました。

しょうへい: 僕も無理して変なことやろうとしてるわけじゃないけどね。

酒井: 本当に全部変だよ。たとえば、しょうへいって小学5年生から爪を切ってないんですよ。

異常性を暴露されたしょうへい

———え?

酒井: かじってるんです。ただ、爪をかじっちゃうくらいだったら他にもいるじゃないですか。でも、しょうへいはちゃんと飲み込むんです。「なんで飲み込むの?」と聞くと、「美味しいから」と。

しょうへい: 食感が美味しいですよね。

酒井: 「足の爪はどうしてるの?」と聞いたら、「いやいや、足は爪切りで切るでしょ」と。良かった……と思いきや、爪切りで切った爪も食べてるんです。

———え……!!???

しょうへい: 引いちゃった。今は食べてないですよ!

酒井: こういう異常行動がめちゃくちゃあるんです。

しょうへい: 僕って異常なんですって。

爪の食感が美味しいとのこと

———自分では普通だと思っていたんですか?

しょうへい: そうですね。僕、小中学校のころ家では裸で過ごしてたんですよ。最近になって「変だったんだ」と知りました。

酒井: 家族団らんで、みんなでメシを食うじゃないですか。しょうへいだけ素っ裸だったらしいです。

しょうへい: たしかに、思い返すと「早く服着なさい」って言われてました。今考えたらおかしいですね。

酒井: それから、出番前にいきなり「プシュー」とか言ってきたりするんですよ。若手だったら「なに今の?」っていじってもらえるかもしれないけど、この芸歴なんで誰もいじってくれない。なんなら、1年目の子が初舞台を控えてドキドキしているような場面でも、急にこいつが「プシュー」って言い出す。すると、その場がとんでもない緊張感に包まれてしまう(笑)。
こういうことがたくさんあります。以前は、この異常性がムカつくしストレスになるし、嫌だったんですよ。でも「自分にはないものだ」と気付いてからはなにをするかワクワクするし、変なことしてるの見たら「おお!」と楽しくなる。2021年ころから、しょうへいの見方がめちゃくちゃ変わりました。

神妙な表情で話を聞くしょうへい

———この時点で15年近く一緒にいて、ここにきて相方の良いところに気付けるって素敵ですね。

酒井: 逆に、ここまでよく気付かなかったですよ(笑)。

しょうへい: でも、変なところを出さないようにしてた期間もあるんです。

酒井: 変なように見られたくなかったんですって。舞台上でも器用にボケようとしてたし、デキるヤツと見せたかったらしくて。

しょうへい: でもこの時期に啓太とふたりで話しているとき「もう無理しなくて良い、無理したらしょうへいじゃなくなるから」と言ってくれて。「小器用にできる芸人は、ほかにもいっぱいいる…………い っ ぱ い い る !」って。

酒井: 俺そんなアホみたいな感じで言ったかな、「い っ ぱ い い る !」って(笑)。

しょうへい: (笑)。「無理しなくて良い」と言われて、吹っ切れた感じがします。

酒井いわく「しょうへいのセリフは2行以上にしてはいけない」

酒井: 前から「無理しなくて良い」とは言ってたけど、そうは言いつつ、しょうへいがやることに笑えなかったりイラっとしちゃったりして。でもここ数年で本当に面白いと思うようになって、舞台上じゃなくても笑うようになりました。それもあって、しょうへいも「これで良いんだ」って思ったんじゃないかな。

しょうへい: たしかに、以前は僕が跳ね返してましたね。「俺は俺だから」みたいにかっこつけて。

酒井:  マジメなんで、舞台に出たら「自分も貢献しなきゃ」って思っちゃって……(しょうへいが飲み物の入っていたコップを食べる) 食べちゃダメ!

【2018年~2022年】長い低迷期、解散が視野に

———2021年頃からコンビの関係性が良くなる一方、SNSで「M-1負けたら解散する」と発信するなど、解散を意識した発言も増えたように思います。解散はいつ頃から意識していたんですか?

酒井: 2019年頃から、「2年後までにメシ食えてなかったら解散しよう」みたいな話をするようになりました。この芸歴やってメシ食えてないって、お笑いやることを世界に許されてないじゃないですか。だからリミットは2021年でした。ただ2021年ってコロナ禍で、しょうへいは持病があったので感染したら命が危ないかもしれない。「このM-1で負けたら解散」とは言いつつ、ろくにライブにも出られない状況だったんです。それで辞めるのは嫌だなと思って、2021年は思い切って欠場してタイムリミットを延ばしました。

しょうへい: でも2022年、「負けたら解散」と言いつつ1回戦で落ちてしまったんです。

酒井: 1回戦に落ちて、ここでめちゃくちゃギアが入りました。前の年に出てないのもあり、「1回戦は受かるだろう」と油断したんだと思います。解散がかかったM-1で1回戦落ちなんて、1秒で辞めろって感じですよね。
でも、そのとき元シマウマフックのシマダネズミが「1回戦で落ちて良い人たちじゃないです」って連絡をくれて。当時めちゃくちゃ仲が良かったわけじゃないのに、「けっこうM-1を研究しているつもりなので、良かったら力になりたいです」と言ってくれたんです。ネズミに相談しながら頑張って、再エントリーで準々決勝まで行くことができました。

2021年M-1欠場、2022年1回戦敗退を経て準々決勝進出

———後輩に「力になりたい」と言われて、受け入れられるものなのでしょうか?なんとなく、プライドが邪魔をしてしまいそうな気がして……

酒井: それが、僕はネタに関してはまったくプライドがないんですよ。

———プライドを捨てた転換点があるのでしょうか?

酒井: 2018年頃から、「人に頼ってでも面白いものをつくろう」と思うようになりました。再結成~2018年くらいまでが一番の腐り時期で、当時は「とにかくウケりゃ良い」と思ってたんですよ。「誰もやってない漫才を創ろう」とかは一切なく、お客さんの雰囲気を見てウケやすいネタに変えたり……芸人として本当に最悪。M-1を目指すフリはしてるけど本気ではなく、「その場がウケて気持ち良ければ良い」みたいな。
そんな状況をどうにかするために「ネタづくりに対するプライドを捨てよう」と思ったんです。過去にちょっと上手くいった経験があるから「才能がある」と思ってたし、うっすら「俺の書いた作品で結果を出すからカッコいいんだ」とか思ってたんですよね。でもこの時期に「ネタを書く才能はないんだ」と認めて、作家になった森枝さん(元エレファントジョン)にネタの相談をするようになりました。

2016年~2018年が腐っていた時期。ネタづくりのプライドを捨てて転換

———それで、後輩の意見でも受け入れられたんですね。

酒井: そうですね。ネズミのことは「ありがたい」としか思わなかったです。

【2023年】M-1ラストイヤーへ

———2022年はM-1準々決勝進出を機に、解散を撤回。2023年はラストイヤーに挑みました。グラフを見ると、しょうへいさんは急激に下降していますね。なにがあったんですか?

しょうへい: この年は入院もしたし、どん底でした。ラストイヤーなのにM-1は3回戦敗退。もっと上に行けると思っていたし、敗退直後は「もう解散だ」「芸人人生が終わった」「働かなきゃ」……という気持ちになってましたね。

2023年、しょうへいのグラフが急降下

酒井: 2022年に解散撤回したけど、2023年はラストイヤーに挑む前に解散する可能性もあったんです。春にしょうへいが持病で入院して、退院後にマネージャーを交えて話したとき「辞めたい」と言われたんですよ。僕は「ラストイヤーまでやりたい」と思ってたけど、持病を持ちながら活動する気持ちって僕には分からないから「やりたいからやろう」は無責任だし……。
でも「辞めたい」の理由を聞いたら、「啓太と仲本さん(マネージャー)に迷惑かけたくない」って話だったんです。僕は迷惑とは思ってないし、しょうへいとやりたい。友情で「お前とやりたいんだ」とかではなく、リニアが売れたら「しょうへいが芸能界で大暴れしてくれる」って未来が見えているからやりたいんですよ。俺も得ができるからあなたとやってるわけで「迷惑とかはマジで考えなくて良いんじゃない?」という話をして、ラストイヤーに挑戦することになりました。

ラストイヤー前に解散していた可能性もあったが、対話を経て挑戦を決定

———2023年は、M-1期間に入ってからも入院されていましたよね。

しょうへい: 2回戦前に入院して、6週間くらい病院から出られない状況になってしましました。

酒井: 入院が決まって、しょうへいから「M-1出られないかも」と電話が来ました。でもリスクは飲み込んだうえでやってるし、しょうへいが最優先なので「あなたが無事なら全然良いよ」と思ったんですよね。あと、めちゃくちゃ良いネタができて周りにも褒めてもらって「行けるぞ」と思えるほどになっていたので、ライブに出られなくても気に病むことはないというか。なので、「2回戦当日まで間に合うよう頑張ろう」って話をしてました。

ほかのコンビはM-1に向けたくさんライブに出る時期、リニアは出られなかった

しょうへい: 2回戦の時期、本当は外に出られる状況ではなかったけど、たまたま入院先の看護師さんが真空ジェシカのファンでリニアのことも知ってくれていたんです。

酒井: 看護師さんが先生に「なんとか2回戦に出してやれないか」と直談判してくれて、2回戦の当日だけ一時退院の許可を出してくれました。一時退院は、その病院で初の事例だったそうです。

しょうへい: 無事2回戦に通って、3回戦のときも「また外出させてほしい」と相談したらそれも特別にOKをもらえました。

酒井: 入院当初は「電話でネタ合わせをしよう」と言ってたんですけど、電話越しだとやっぱりコンマ数秒ズレちゃうんですよ。電話に慣れて変な癖が付いたら嫌なので、あの時期は二日に一回くらい病院に通ってましたね。

しょうへい: コロナ禍なので制限があって、一回15分しか面会ができないんです。

会えないので、電話でネタ合わせをしようとしたことも

酒井: 2回戦~3回戦の時期は、病院に通って「二日に一回15分だけ漫才やって帰る」ということをずっとやってました。これ、絶対に決勝行く人のエピソードじゃないですか?優勝してたら、アナザーストーリーでみんなを号泣させていたはず(笑)。そう思ってたけど、3回戦で負けてしまいました。ただネタは良い状態で出せたし、M-1に関しては本当に後悔がないんですよね。だから、僕の2023年のグラフは上方してるんです。

ラストイヤーを「後悔なく終えられた」という酒井の2023年は上向き

———お話を聞いていると、長年M-1に振り回されていたように見えつつ、ラストイヤーはM-1以上に大事なものが見つかった感じがありますね。

酒井: そうなんですよ。けっこう周りにも「M-1に苦労させられたね」とか言われるんですけど、めっちゃM-1好きです。M-1が無かったら今でも「ウケりゃ良い」みたいなことをやっていて、「自分達にしかできない漫才」ができる漫才師にはなれていなかったと思います。今「リニアはちゃんと漫才師だ」と胸を張れるのは、本当にM-1のおかげですよ。

———M-1ラストイヤーで敗退した時点では、予定通り解散する予定だったんですか?

しょうへい: そうですね。「次に啓太と会ったら“辞めよう”と伝えよう」と思ってました。

酒井: 僕も「解散するんだろう」と思ってたけど、退院してすぐ「セカンドに出たい」と伝えました。そしたら、意外としょうへいも「出たい」と言ってくれて。

しょうへい: M-1の動画がYouTubeに上がって、コメントやSNSで皆さんが褒めてくださったのがうれしかったんです。「落ちるのおかしい」とか「セカンドも頑張ってほしい」って言葉があったので、セカンドに出たいと思いました。

解散し芸人を辞める予定が、お笑いファンの想いに胸を打たれたしょうへい。現在はスケジュールに余裕を持たせることで、持病が出ずに活動できているとのこと

———お客さんの熱が伝わったんですね。

しょうへい: うれしかったです。皆さんの言葉が。

酒井: 芸人の解散を知ったお笑いファンの方が、SNSで「私たちがもっと声を上げていれば解散しなかったんじゃないか」みたいに言うのをよく見るじゃないですか。ぶっちゃけ、芸人の解散ってもっと深いところで決まっているから「残念ながらお客さんの言葉で解散をやめることはない」と思ってたんですよ。しょうへいは、お客さんの言葉が届いたという世界初のパターンで解散をやめました(笑)。

しょうへい: めちゃくちゃ皆さんのおかげです。

【2024年】仲間の存在に気付いた

———リニアさんのYouTubeで観たのですが、セカンドのネタ選考会でしょうへいさんが泣いたのは本当ですか?

酒井: 泣いてました(笑)。

『リニアの漫才』「THE SECONDノックアウトステージ進出の裏話」より

しょうへい: ネタを無事できたのと、皆さんが笑ってくれたので……安心ですね。安心して、ネタ終わりに思わず泣いちゃいました。ネタ中に大爆笑が起きたくらいで、実はちょっとウッとなってました。

酒井: 本番中に泣いてたら落ちてたよ(笑)。

しょうへい: あと舞台に上がったら、笑っているマネージャーさんが客席にポッと見えたんですよ。それにも安心してしまって。お客さんの爆笑やマネージャーさんに安心して泣くなんて、初めての経験でした。

酒井: 仲本さん(マネージャー)には本当に感謝です。僕らのこと全部受け入れてくれて。仲本さんじゃなかったらやれてないですよ。

お客さんやマネージャーへの感謝を述べるふたり

———セカンドは、現時点でポットA(選考会の上位8組)に残っていますね。

酒井: ポットAでうれしかったのは、抽選会のときだけでしたね。今は「絶対に勝たなきゃ」っていう気持ちしかないので、浮かれてないです。2024年のグラフを100にしていないのは、これよりもっと上に行きたいからです。

これからもっと上がる予定なので、2024年を100にしていない酒井

しょうへい: 僕は100にしちゃった(笑)。僕はまだ浮かれてます。ずっと「ポットA」って言われてたい。

酒井: 改名するか?リニアのポットAに。

しょうへい: そっか、そしたらずっと呼んでもらえるのか。

ポットAがうれしくて、2024年が100になったしょうへい

———ふたりとも、グラフを見ると2024年が一番高いんですね。

しょうへい: セカンドがあって、本当に良かったです。

酒井: 「こんなにみんな応援してくれるんだ」と思いました。先に売れていった同期や先輩に対して、勝手に卑屈になって「もう口もきいてもらえないんだろうな」と思ってたんですよ。でも飲みに誘ってくれたり、連絡をくれたり……。「リニアが売れてくれたら、俺の仲間は全員売れた」と言ってくれた人もいました。こっちが弱気になっていただけで、みんな待っていてくれたんです。
近しい人って、僕らに対して「頑張れ」とか「おめでとう」じゃなく「うれしいよ」って言ってくれるんですよ。そういう人が自分のまわりにたくさんいることを、今は実感しています。みんなに報いたいし、リニアの人生のためにも絶対に勝ちたい。

【未来】リニアのこれから

———これまで解散危機が何度もあったと思います。そのうえで、相方と一緒に活動している理由をあらためて教えてください。

酒井: 最初は偶然ではじまって、途中からは腐れ縁で、今はお互いがお互いを高めるための戦力という感じですね。自分が活きるのはしょうへいがいるからだし、しょうへいを一番活かせるのも俺。そういう相互作用があるから一緒にやってるんだと思います。あと、一緒にやってて楽ですね。一番自分を出せるのが、しょうへいといるときだと思います。

しょうへい: 啓太は、僕のことを全部理解してくれてる人だと思います。ネタも僕が言いそうなことを考えて書いてくれるし。以前、後輩が「こういうのどうですか?」ってネタの提案をしてくれたことがあるんですよ。でも啓太は「しょうへいはこういうことは言わない」と採用しなかったことがあって。実際、ネタやっていて無理に演じるようなことはないです。啓太は僕の理解者です。

お互いを活かし合える存在

———最後に、これからリニアとしてやっていきたいことを教えてください。

酒井: 現段階の理想ですけど、ずっと漫才をやっていたいですね。以前は「漫才は売れるための手段」と思ってたけど、今はちゃんとご飯を食べられる状態で「ずっと面白い漫才をやり続けたい」と思います。テレビも出たいけど、芸人としての芯は漫才でありたいです。

しょうへい: 僕は……『青空レストラン(満天☆青空レストラン)』に出て、全国の美味しいものを食べたいですね。美味しい料理をつくって、美味しいもの食べて、「美味しいね」って言ってたいです。

『満天☆青空レストラン』で「美味しいね」と言いたい

酒井: もうちょい気の利いたコメントないか(笑)?『青空レストラン』って、食べて「美味しいね」で成立するの?あと旅番組やりたいって言ってなかった?

しょうへい: そうだ。全国の美味しいもの食べたいです。いろんなもの食べたい。

酒井: …………もしかしたら、いつか方向性の違いで解散をするかもしれません(笑)。

いつか「漫才」と「美味しいね」ですれ違うかもしれない?

しょうへい: 漫才で全国に行って、美味しいもの食べたい。

酒井: あ、良いじゃん。

しょうへい: それができたら最高ですね。

リニアの未来は「漫才で全国をまわって美味しいものを食べる」

リニア PROFILE

プロダクション人力舎 所属

左:しょうへい
右:酒井啓太

★公式プロフィール:https://www.p-jinriki.com/talent/linear/
★公式YouTubeチャンネル:リニアの漫才

文・編集:堀越 愛
写真・サムネイル:ヘンミモリ