己を貫く芸人の、苦悶と葛藤……『芸人迷子』に描かれた、ユウキロックの記録

『芸人迷子』(2016年/扶桑社)は、芸人・ユウキロックが「ハリガネロック」解散までを赤裸々に綴った記録。己の漫才を追求し続けた彼の苦悶の日々が、読む人の心を抉るほどの熱量で描かれています。多くの賞を獲得し華々しく東京進出した彼らは、なぜ解散を選んだのか……。
お笑い好きの会社員・いぶきさんが、独自の考察とともに『芸人迷子』をおすすめします。

『M-1グランプリ』や『キングオブコント』といったお笑いの賞レースにおいて、敗退が決まった瞬間に求められるのが「敗者コメント」である。

いつからか、敗者コメントは芸人にとって1つの見せ場となった。

2008年『M-1グランプリ』で笑い飯は、ファイナル進出が叶わないことが決まった瞬間「思ってたんとちがーうっ!!」と言い放った。

2019年『キングオブコント』敗退が決まった空気階段は、「お笑いのある世界に生まれてよかったです」とコメントを残した。

これらは、お笑いファンにとっては伝説的なコメントとして記憶されているだろう。敗退したその瞬間すらも笑いに変えてしまう芸人たちの、底力が現れる瞬間である。

しかし、敗者コメントで「笑いを取る」という文化がなかった2002年の『M-1グランプリ』。そこで、印象的な芸人が一人いた。

それは、「ハリガネロック」のボケ担当、ユウキロックである。

2001年『M-1グランプリ』、彼らは準優勝だった。優勝候補の一角として参加した2002年『M-1グランプリ』において、大きな期待を背負っていたものの、最終順位は5位にとどまった。

ベテランの風格がある松竹芸能のエース「ますだおかだ」、数々の賞を獲得しストロングスタイルの漫才コントを披露した「フットボールアワー」、Wボケという新しいシステムを披露した超新星「笑い飯」、ゆったりとしたテンポとキャラクター性で唯一無二の存在感を示した「おぎやはぎ」。

……2002年の『M-1グランプリ』はインパクトのある漫才が様々披露され、優勝を期待されていたはずのハリガネロックの影は薄かった。

以下が、敗退が決まった瞬間のインタビューの抜粋である。

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ー 残念!前回、決勝戦いきましたけど、プレッシャーかかりすぎましたかね?
ユウキロック「残念……そうですね……うーん」

(中略)

ー また来年、挑戦できますか?
ユウキロック「そうですね……ちょっともう……分かんないですね(笑)」
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Amazonプライム・ビデオ  2002年『M-1グランプリ』 参照)

彼らはこの時点でコンビ結成歴7年目であり、「芸歴10年目以内」という規定の『M-1グランプリ』においては、翌年も参加可能であった。しかし、ユウキロックは「……ちょっともう……」と何かを言いかけて辞めた。「ちょっともう、来年は出場を見送ります」と言いかけたのだろうか。

翌年、2003年は出場するも準決勝敗退。そして、2004年は出場すらしなかった。


ハリガネロック。

1995年4月に結成後、『ABCお笑い新人グランプリ』や『NHK上方漫才コンテスト』など数々の漫才賞を総なめにした。『爆笑オンエアバトル』ではグランドチャンピオン経験があり、『M-1グランプリ』では準優勝の実績もある。今では審査員席に座るあの「中川家」と、M-1初代王者の椅子を争った。

数々の漫才賞を受賞した彼らは、結論として、売れなかった。

そして、彼らは2014年に解散した。


中川家やたむらけんじ、陣内智則などとNSC同期であるユウキロックは、実はケンドーコバヤシの元相方でもある。革ジャンを着て、髪を立たせて、毒舌を吐くという芸風で、ロックンローラーのような出立ちだった。そんな彼の弱点は、「可愛げがない」ということだったのかもしれない。

漫才賞を獲得してきた自信、漫才スタイルを作った意地。画面越しに伝わってくる凄みが強かった。凄みが強すぎて、「可愛げ」がなかった。間違いなく面白い漫才師ではあったが、テレビスターにはなれなかった。


ユウキロックが書いた『芸人迷子』では彼が漫才師であった「20年間」という時間を振り返り、その凄みの裏側にあった「葛藤」が描かれている。

この本の冒頭は、こんな言葉で始まる。

「書くのが辛い。思い出すのが辛い。そこに対して自分に向き合うことが本当に辛い。でも、俺はもう逃げない」

人気タレントになれず、また、自信のあった「漫才」というフィールドで後輩に抜かれる。この残酷な現実に向き合うことができず、意地を張り、どんどんと葛藤し、迷子になる。自信から生まれた「意地」によって、自分自身の身動きが取れなくなり、息苦しくなる。意地もプライドも捨てて、何もかもかなぐり捨てて、全てを「変える」という勇気が持てず、彼らは売れなかった。そして、解散した。


可愛げ。

好きでもないヤツに笑顔を振りまく。先輩のフリに「ちょっと待ってくださいよ」と対応する。プライドを持たず、そんな可愛げを持って、誰からも愛される人気者になれたらどんなに幸せだろう。

もしかすると、こんな悩みを抱える人は多くいるのではないか。筆者にも、ユウキロックの気持ちが分かる気がした。

『芸人迷子』は、一人の人間の意地から生まれた葛藤のドキュメントである。


そして、今。


筆者は、ユウキロックのYouTubeチャンネルである『ユウキロックのエンタメウェビナー』のファンである。

このチャンネルでは、ユウキロックがお笑いに関して様々な考察を発表している。お笑いに関する裏話が披露されるこのチャンネルを、筆者はよく視聴している。上から目線の講評でもなく、芸人達と同じ目線に立って的確なネタの分析をする彼の話が好きだ。

ユウキロックは、このチャンネルで必ず「謙虚でなければ成長なし!以上!」と動画を締めている。

その言葉の理由を、筆者は知らない。

彼のこの書籍を読んでの勝手の考察だが、これはユウキロック自身が、謙虚になれなかった「あの頃」を忘れないようにするために発し続けているメッセージなのではないだろうか。

敗退が決まり、コメントを振られたコンビ結成7年目のあの時のユウキロック。

どうして「来年頑張ります!」と言えなかったのか。ラストイヤーまで毎年出場して是が非でもM-1で勝とうとしなかったのか。

お笑いに、漫才に、テレビに、舞台に、相方に、本当に謙虚に向き合えていたのか。

彼は葛藤し、悩み続けていた。その経験から生まれている言葉が、「謙虚でなければ成長なし!」ではないだろうか。

漫才師でなくなった今も彼は、舞台袖で様々なネタを見て若手芸人たちにアドバイスを送っている。その視線は優しく真剣だ。謙虚に芸に向き合うとは、こういうことなのではないかなと、素人ながら筆者は感じている。

『芸人迷子』には、ユウキロックの過去が描かれている。この本を読み、そしてYouTubeチャンネルを観てほしい。

そこには一人の男の人生、そして現在がある。


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