劇団ひとりが描く、決して太陽の下に現れることのない不器用な人々の物語『陰日向に咲く』

『陰日向に咲く』(2006年/幻冬舎)は、芸人・劇団ひとりの小説家デビュー作品。ホームレスを夢見る会社員、オレオレ詐欺を始めた男など、“陰日向”で生活する人々の人生を劇団ひとりらしいユーモア溢れる文章で描いた物語です。2008年には映画化され、さらに同年発行部数100万部を突破。芸人が本気で書いた小説として大きな注目を集めました。お笑い好きの会社員・いぶきさんが、独自の考察とともに『陰日向に咲く』をおすすめします。

僕は、劇団ひとりという芸人に強く惹かれている。

最初は、「涙をすぐに出せる人だな」くらいにしか認識していなかった。彼は、いつからテレビに出演し始めたのかよく分からないうちに、テレビタレントになっていた。確か、『笑っていいとも!』のレギュラーとして出演し、「山下智久さんが山ピーなら、劇団ひとりを劇ピーと呼んでくれ」と発言していた。その当時は彼に対して特別な印象はなく、お笑いブームで現れた“その他大勢”の芸人さんの一人だと思っていた。

しかし、僕は、その認識が誤っていたことを思い知らされていく。例えば、『ゴッドタン』の「キス我慢選手権」において、即興でドラマを作り出せる演技力と発想力。同じく『ゴッドタン』の「マジ歌選手権」における、型破りな笑いの仕掛け。

狂気じみた笑いを生み出す彼のことを、僕は「天才」と認識するようになった。彼が出演する番組は、何かが生まれる。想像にしていない何かが起きる。

劇団ひとりの、端正な顔立ちからは想像できない「狂気」に、今僕は強く惹かれている。

そんな彼の芸に重厚感を与えているのは、彼が作り出す「コント」にもある思う。彼は泣き芸や即興のアドリブ芸だけでなく、練り上げられた脚本で構成されたコントが非常に面白い芸人でもある。

劇団ひとりの作るコントには、様々なキャラクターが登場する。

女性の下着を着るのが趣味の銀行員。
親父狩りを目撃したマゾヒストの男。
自殺を止めに来た覗き魔の男。
ジャニーズ事務所の面接にやってきたマザコンの男。

劇団ひとりが描くコントの登場人物(「劇団ひとり」における「団員」)は、いつもチャーミングで、もしかするとこの世界に本当に生きているかもしれない、というリアリティがあった。劇団ひとりは、団員のちょっとした日常を切り取り、コントとして演じている。そこにはボケがあるわけでも、ツッコミがあるわけでもなく、明確な笑いどころがあるわけでもない。ただただ、団員の“日常”が披露される。

劇団ひとりのコントは、世間では「普通ではない」とカテゴライズされてしまいそうな、だけれども、ひっそりと、この世界に存在する人々を表現し続けている。それは決して彼らのことを“馬鹿にしている笑い”ではない。

僕は、どうしてか、劇団ひとりのコントを見た後、彼の描く“普通ではない人々”のことがたまらなく愛おしくなってしまう。

THE BLUE HEARTSは「ドブネズミみたいに 美しくなりたい 写真には写らない 美しさがあるから」(引用:リンダ リンダ)と歌い上げた。汚くてどうしようもない存在の中に美しさを見つけ出すこの歌詞の世界は、まさに、劇団ひとりの描く世界と通じるものがある。彼には、その美しさに気付けるユーモアと優しさがあるのだ。

そして、今回ご紹介する書籍『陰日向に咲く』には、劇団ひとりの“ユーモアと優しさ”が色濃く表現されていると思った。

自由に憧れ、ある日、ホームレスになることを決めた男。
ひたむきにアイドルを応援するファン。
カメラマンになると友達に宣言し、引き返せなくなった女。
借金で首が回らなくなり、オレオレ詐欺を始めた男。
浅草にとある芸人を探しにきた女。

カッコ悪くて、どうしようもない感情が見え隠れする“陰日向に暮らす”彼ら・彼女たちの物語は群像的に不思議なつながりを見せる。

本作の魅力は、そのキャラクターのユーモアと愛くるしさにある。

例えば、オレオレ詐欺を始めた男の物語「Over run」では、息子のフリをすることに成功をしたものの、詐欺行為ができない男を描いている。

毎日、毎日、俺は健一になって仕事の話や嫁さんの話をして電話を切る。何をしてるんだ、健一。俺も暇じゃないんだぞ、早いとこ金を引っ張れ、健一。

(引用:『陰日向に咲く』 「Over run」より)

オレオレ詐欺という最低の行為をしているはずが、ただのお婆ちゃんの話し相手になっていくこのキャラクターの情けなさが愛くるしい。

かと思えば、アイドルのファンの物語「拝啓、僕のアイドル様」では、こんな文章が現れる。

アイドルは僕の愛に応えてくれないが、逆に僕の愛を拒みもしない。それが一般の女性を愛することとの大きな違いだ。「ごめんなさい」とも「気持ち悪い」とも言わずアイドルたちは、ただ微笑んで愛を受け止めてくれる。僕たちはきっと、それを知っているから、愛することに怯えない。愛することに歯止めが利かないのだと思う。

(引用:『陰日向に咲く』 「拝啓、僕のアイドル様」より)

まっすぐと愛することを許される、「愛することに怯えない」でいられる喜びを表現したこの文章に触れ、僕はこの物語の主人公である「アイドルファン」が身近に感じられた。そうだ、僕たちはいつだって、愛されたい以上に、愛したいし、「愛していい」という免罪符を求めているのだ。

この本を読んでいると、“陰日向”に生活している人々が、急に身近に感じられて、愛くるしくなってしまう。あまりにもその読書体験が面白く、一気に読破してしまった。

この本が出版されて、14年以上が経つ。ただ、日常の中の普遍的な感情を捉えた本作は全く色褪せることがない。いつの時代も、人のカッコ悪い感情は変わらないものだ。

劇団ひとりの優しくてユーモラスな視線を体験できる『陰日向に咲く』。ぜひ、目を通してみて欲しい。


WLUCK CREATORS