2021.03.17
人間関係不得意との邂逅 オードリー若林正恭『社会人大学人見知り学部卒業見込み』
オードリー・若林正恭さんによる『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』(2015年/角川文庫)は、雑誌『ダ・ヴィンチ』のエッセイ連載に未収録分を加えた完全版。芸人の、下積み期間という長い長い“モラトリアム”を経験した彼は、いつしか“世間離れ”した人間になっていた……。若林さんが感じた生き辛さに共感するという、小池太郎さんが『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』を紹介します。

『オードリーのオールナイトニッポン』に彗星の如く現れた、天才ハガキ職人・ツチヤタカユキ。若林正恭さんは彼の才能に惹かれ、放送作家見習いとして上京するよう勧める。しかし、彼からの返答は、
「人間関係不得意」
の一文。彼はその後、若林さんを慕い上京するが、慣れない生活に息苦しさを覚え、次第に作家に対する自信を失い始める。
「パソコン操作に慣れない」
これが、彼が作家を諦める理由だった。周囲は「そんなことで!」「甘い!」と激昂するが、若林さんは、彼の気持ちに共感を覚えていた。
周囲がいう「当たり前」ができない。かくいう読者の私もそうだった。なんでそんなこともできない、という、ハテナマークと怒りを混ぜ込んだ吐息を何度も聞かされたし、浴びせられた。その度、「アタリマエッテナンデスカ」、と震える声で答えたりした。
私は今、デザインの仕事をしている。そこに行き着いたのも、「アタリマエ」と書かれた壁によじ登ることを拒否した結果だったりする。壁の前でぐるぐる同じ場所を回りながら、ふと、ポケットに手を突っ込むと、そこにAdobeのソフトとiPadがあっただけ。そのふたつに希望を託した結果、今、デザインというバリアで「アタリマエ」から守られている。
ツチヤ氏も同様に、社会という陸から離れて「笑い」という酸素ボンベによって、雑音の届かない世界に潜れていた。しかし、陸に上がった瞬間、笑い以外の武装が必要であることを告げられた。それができないと生きていけない。彼はそっと目を閉じ、海へと戻っていく。
若林さんは、社会という陸に辛うじて上がり、笑いを生み出すことで地平線の先を一歩二歩と進んでいる。しかし、それが苦行であることも理解していて、なぜなら若林さん自身が「人見知り学部を卒業していない」、つまり生き辛さという波打ち際に片足を寄せつつ砂浜を歩いているからに他ならない。
こうして、伝説のハガキ職人、またの名を人間関係不得意、こと、ツチヤタカユキ氏は地元へ戻っていった。
彼は現在、落語作家として活動する傍ら、漫画原作など、マルチな創作活動に励んでいる。分野は違えど、笑いというボンベを携え泳ぎ続けていることに変わりはない。
若林正恭著の『社会人大学人見知り学部卒業見込み』では、ツチヤ氏のエピソードを筆頭に、笑いを吐き出す喜びと、当たり前の毎日を吸い込むツラさが、エッセイ集として記されている。