広い舞台に、マイクが1本。身ひとつであらわれた男は、巧みな話芸だけで観客を不思議の世界に誘う。ときに叫び、ときに囁き、ときに歌い……リアリティを持って迫りくるのは、すべて架空の物語。彼が紡ぐ言葉たちは、ひとつひとつ色を帯び、形を変え、縦横無尽に飛び回り観客の脳を揺らす……———
2022年2月17日(火)、座・高円寺2で漫談独演会『戻れ、みんな待ってる』が開催された。驚異の“1時間45分ノンストップ漫談”をやってのけたのは、漫談家・街裏ぴんく。同業者や業界内でも「天才」と呼び声高く、独演会3日後に行われた『Be-1グランプリ』(芸歴15年以上のピン芸人の大会)決勝では優勝を勝ち取った。
唯一無二の架空漫談でファンを増やす街裏ぴんくだが、歩んできた道は決して平坦ではない。賞レースや芸歴に対する葛藤、そしてネタ作りや独演会へのこだわり……話を聞く中で彼が口にしたのは「今年は入り口を増やす年」という決意の言葉だった。
いつ気持ちが折れるか分からない。だから「究極の形」に挑戦した
———前回の漫談独演会『戻れ、みんな待ってる』(2月17日開催)は、1時間45分ノンストップでぴんくさんが漫談をし続けるという圧巻のステージでした。なぜノンストップでの漫談に挑戦しようと思ったのでしょうか?
独演会全体をひとつの長尺漫談で見せるのは“究極の形”やなと思ってたんですよ。以前70分漫談をやったことがあるんですけど、やっぱり難しくて。お客さんを飽きさせるし、中だるみさせるし……(今の自分では)あかんやろうなと思って、自信は正直無かったんです。
でも1月半ばくらいに、矢野号という後輩に「長尺でやらないんですか?」と言われて。そのときは「最終的にそれができて、お客さんを大満足させれたらええ思てんねん。今は一歩一歩頑張ってんねん」って言ったんですけど、帰り道に「いつまで心折れずにやれるんだろう」と思ったんですよ。年齢を重ねていくにつれてプレッシャーも大きくなっていくし、出さなあかん結果の量も多くなっていくじゃないですか。“いつ重圧に踏みつぶされるか分からん”という状況の中にいるわけですから、「やらなあかんことなら今やろう」と。
やった結果、アンケートで「ひと続きの漫談に鳥肌立ちました」とか言ってくれる人がいて、ホッとしました。お客さんに「なんやこれは」と思ってもらえたかな。完璧やったとは一切思ってないですけど、特別感を楽しんでもらえたかなと。今後もちょこちょこ挑戦していけたらと思ってます。
———エンディングで涙を流していたのが印象的でした。あのときの心情は、どんなものだったんでしょう?
うーん……安心感かもしれないですね。あのね、拍手って僕のツボで、泣いちゃうんですよ。めっちゃ拍手が長くて、ワーッと強くて……普段の拍手との違いが伝わってくるんですよね。袖でその拍手を聞いてるときには、もう泣いてました。袖で1回拭いたんですけど、また感極まっちゃいましたね。第ニ回漫談独演会(2017年11月4日開催)のエンディングでも泣いたんですけど、それ以来ですね。そのときもめっちゃ拍手が長くて。
———第ニ回漫談独演会の拍手が特別だったのは、なぜだったんでしょうか?
大きい箱でやるのが、初めてだったんですよ。それまでは毎月50人キャパくらいのところでやってて、それが段々安定して埋まるようになってきて。それで「座・高円寺2」(客席数256~298)でやることにしたら、満席入ってくれたんです。普段来てくれているお客さんはそれを知ってたから、「ようやった」みたいな……「お疲れさま」みたいな拍手やったと思いますね。だから今回の拍手とは、またちょっと違うかもしれないです。
旅行の土産話を喋るようなリアリティ
———ぴんくさんの漫談を聞いていると、不思議な感覚になるんです。色や音が浮かび上がってきて、脳内で映像が流れてくるようなイメージがあって。妙なリアリティがありますよね。
絵が浮かんでくるのは、僕自身が絵で覚えてるからかもしれないですね。僕、台本は一応全部書くんですよ。自分でも読めないくらいの汚い字で書くんですけど、だいたいを覚えたら喋り言葉までは決めきらないんです。友達に“旅行の土産話”を話すようなリアル感は保ちたいと思ってて。友達に喋るときって、流暢じゃないし完璧ではないじゃないですか。感情が乗っているからこそ、雑というか。「ここ行って、こんなことがあって……」くらいで、絵で覚えてるんです。
———ぴんくさん自身が、映像でネタを記憶してるんですね。
そうですね。だから、多少話が前後したりもするんです。「あ、言い忘れてたけど」とか言って戻ったりもするんですけど、それがリアルで良いかなと思って。ただ、それをやり過ぎて笑いに響いてしまっても良くないですけどね。だから、練習はし過ぎないようにしてます。練習量と(ネタ中の)リアルな感情って、反比例なんですよね。
———台本を覚えすぎると、リアルさが失われてしまうということですか?
そう、それはほんまに楽しくない。そんなに分析できてるわけではないですけど、なんとなくウケも比例するような気がしますね。あと、(短編を何本もやる際は)袖で切り替えてます。ある種イタコ的な感じで「ほんまにその体験をしたんだ」という気持ちを下ろしてます。前の漫談は登場人物がみんな変やから僕がツッコミ、でもその次は俺がおかしいとか、あるじゃないですか。結構ガッと変わるんで。コント師の人もそうかもしれないですけど、僕もそういう感じでやってますね。
それから、(言葉で)「描き過ぎない」ようにもしてます。例えば「2階部分が丸くなってて、下が四角で、上が赤色で……」みたいにごちゃごちゃ描写しない。「だいたいこれくらい言っておけば、あとはそれぞれ想像してくれるだろう」くらいにしてます。
———漫談を聞いてる方が、想像できる余白を残すというか。
そういうやり方が心地良いですね。あんまり決め過ぎてしまわない。たまに(漫談の)生配信してると「今の話に出てきた海はこういうイメージです」みたいなコメントが来るんですけど、皆さんそれがほんまに違くて。それ、なんかおもろいなぁと思うんですよね。
———観てる方それぞれが「違う映像を思い浮かべてるのかもしれない」と思うと楽しいですね。
楽しいですね、本当に。「ここで笑いを起こしたい」という笑いに直結する部分は決めますけど、それ以外は決め過ぎないですね。
———広い舞台にセンターマイクが1本立っていて、そこで長い時間ひとりで漫談をする。舞台に立ったことの無い素人としては、単純に「怖い」と思うんですが……怖くないですか?
笑い声でだんだん緩和されていくんですけど……(短編漫談を数本する際は)1本目が終わるまではフルで緊張してて、本当に足が震えるくらいの感じなんですよ。笑い声があればリラックスしていけるんですけど、思うような笑いが来ないとずっとフルマックスで緊張しますね。人前で喋るというのは、どれだけ「観てくれ」「聞いてくれ」っていう気持ちを強く保てるかみたいな感じです。そういう自信が無くなってきたら、続けられないなとは思いますね。
———これまで、自信を失いそうになったことはありますか?
ありますあります。やっぱり、笑いの量が少なかった公演の次は「大丈夫なんかな」と思いながらやったりするんで、怖くなりますよ。2020年から約1年間、ほかのライブは出ず独演会だけにしたんです。「お客さんの動員を独演会に集中させてみよう」と思って。そうすると、1ヶ月ぶりに立つ舞台が独演会やったりするんですよ。あかんくらい緊張して、そういうのもあって上手くいかなかったりして。
やっぱり、日々舞台でネタをやり続けて、ウケる感覚を持ち続けることって大事なんやなと思いましたね。(1ヶ月ぶりに)急にポンッとネタを出す恐怖は凄かったです。アドリブが全然出せない回もあって。その場で思ったことを言うから、普段はアドリブもけっこう出るんですけどね。
———それ以降は独演会以外のライブにも出るようになったんですか?
そうですね。そのほうがやっぱり良いですね。今後メディアで活躍できるようになったとして、(日頃から舞台に立たず)いきなり漫談独演会をやるとなっても、あんまりようならんのちゃう? と思ってます。やっぱり、日々ライブに出てるっていうのは強いですね。
賞レース優勝は「あと少し、やらしてもらえますかね」の免罪符
———普段のライブや賞レースでは、独演会とは異なり数分の短いネタをやりますよね。心境としてはどんな感じなんでしょう?
本当に申し訳ないんですけど、普段のライブではネタの分数を考えてないんですよ。4分とか3分って決まりは一応あるんですけど、多分守れていたことはなくて(笑)。虹の黄昏やモグライダーみたいな自由度の高いパフォーマンスをする人たちがいるから、そこを隠れ蓑にしてやってるんですけど……(笑)。
賞レースは、応援しに来てくれるお客さんがいるんでこう言ってしまうのは申し訳ないんですけど、ネタをやってて一切楽しくないです。3分の中に「このくらい笑いの量を入れなあかん」とか考えるのが嫌ですね。賞レースではない漫談は、「ここだ!」とこっちが決めたところででっかいウケがあれば良かったりするんです。究極、「すげぇ」と言わせることができたら良い。だから、短い時間でとにかく笑いの量や大きさを追求せなあかん賞レースは本当に楽しくないですね。
———先日開催された『Be-1グランプリ』※で優勝されました。この優勝に関しては、どう捉えているのでしょうか?
※芸歴11年以上のピン芸人の大会。2020年2月20日に決勝が行われ、街裏ぴんくが優勝した
これをきっかけに、独演会を観に来てほしいですね。『Be-1』でやった漫談は、今までの集大成みたいな感じで……賞レース用に、コンパクトに「こういう人なんやね」っていうのを見てもらった感じで。
———街裏ぴんくのダイジェスト版という感じでしょうか。
そう……ですね、笑いに特化させたネタというか……。でも「そういうことを体験したやつ」っていうネタをやってるので、独演会のネタと持ち味は一緒なんですけどね。ウケるかウケへんを、より気にしなきゃいけないのが賞レース、というか。
———賞レースは、傍から見ていると芸人さんの“分かりやすい目標”に思えます。2021年に規定が変わり芸歴10年以上の方は『R-1』に出られないようになりましたが、そのときの心境はいかがでしたか?
やっぱり、「あぁ……」とは思いました。もう出られないとなってから、初めて後悔しました。もっと全力でやっていれば良かったなって。ちゃんと頑張ったのはここ数年なんで、もっと努力できたやろうと思います。“逃げてる”と思われたないからやってて、1回戦落ちはかっこ悪いから2回戦くらいまでは最低限行きたい、みたいな……賞レースに本気で挑んではる芸人さんもおるから、失礼ならんように「真面目にやってます」みたいな顔してたんですけど、そこまで興味は持ててなかったですね。
ただ、芸歴を重ねていくと段々「これは、有名になるためには無視できひんぞ」と。それが分かってくるんで(最後の数年は)頑張りましたけど、もっと頑張っている人がいる中、簡単に決勝に行けるもんではないですよね。
———世に出るためには、賞レースも大事だと。
今はもう、賞レースは本能で絶対出てなきゃいけないと思いますね。それに出んということは、ほんまに大きなチャンスを見過ごすことになると思うんで。……でも賞レースって、「将来に繋げたい」という気持ちもあるんですけど、「かっこつけたい」も大きいですね。
———「かっこつけたい」ですか?
決勝に進めば「この1年かっこつけれる」みたいな。僕18年やってるんですけど、今ライブに出てる芸人ってほんま若くて。現場で僕が1番上みたいなこともあるし、肩身狭くなってくるんですよ。でも『Be-1』優勝という称号が1個できたから、もうちょっといても良いですかね? って……周りがどう思ってるのかは分かんないですけど、優勝できたんで「あと少し、やらしてもらえますかね」っていう、かっこつけの要素になるんですよね。……かっこつけというか、自信をもってそこにおれるというか。
でも、もうおれないですけどね。俺は今年がギリギリだと思ってます。メンツが若すぎるので、ちょっと辛くなってきましたね。ランジャタイやモグライダーとか、ずっと一緒にやってたメンバーが出て行っちゃいましたから。
———今が若手と一緒にライブに出られるギリギリ、ということですか。
やっぱり、若手に負けることもあるわけですよ。2年目の子のほうが爆笑をとってる、みたいな。「すごい」と思わせたいので笑いの量だけを重要視してるわけではないですけど、負けることが続くと「ごめんなさいね」という気持ちになる。
『グレイモヤ』っていうライブに数年出させてもらってるんですけど、最初はトリをやらせてもらってたんですよ。一番芸歴が長いからと、トリで俺だけ長尺でやらしてもらって。でも何度か、他はむっちゃウケてるけど俺は大したことないってことが続いたんです。プライドも高いんで、それやったらもう「もっかい勉強さしてもらわなあかんわ」と。主催者に言って、ほかの出演者と同じ扱いにしてもらいました。こんだけ若い子が爆笑とって、おっさんの俺が出て行ってこれだけのウケやったら絶対にあかんやろって。それぐらい、繊細に考えてますね。
自分の芸を追求しながら、入り口をつくる1年に
———今が“若手のライブに出られるギリギリ”だとして、来年以降の活動を見据えてやっていこうと思うことはありますか?
「自分の漫談を追求し続ける」ことはやりながら、短いアプローチでも「おもろい」と思ってもらえるような“入り口”を作ろうと思ってます。賞レースのネタ中は楽しくないって言ったんですけど、それを乗り越えて自分が本当に面白いと思えることで、ショートのものも作りたい。空想・架空をモチーフにした……最悪、漫談じゃなくても良いんですけど、今年は“入り口”を作りたいですね。
———漫談に限らず、「ぴんくさんを知ってもらうための入り口」となる取り組みをするということですね。
『街裏チャンネル』というYouTubeをやってて、漫談とは異なることでも(街裏ぴんくの)魅力を伝えられへんかな、という模索をやってます。スタッフが3~4人いて、「こんなんやるとおもろいんじゃないですか」っていう提案をしてくれるんです。「嘘は嘘でもこんな出し方どうですか」って、ひろゆきさんのパロディーをやったり。面白くないことは絶対したくないんですけど、今年はほんまにいろいろ考えなあかんなぁと思ってますね。それプラス、独演会をやっていきたい。
———『マヂカルクリエイターズ2』で、ぴんくさんにフィーチャーした回(2022年2月8日放送)がありましたね。こういうのも、ぴんくさんを知るための入り口になりそうです。
幸せでした。ありがたいです。いつも(漫談で)やってることをそのまま届けてくれはったんで、こんなに嬉しいことは無かったです。本当に感謝。みんなが思ってる以上に、感謝してます(笑)。やっぱり、自分の芸に言及したり掘り下げてくれたりするのは本当に嬉しいです。マジで頑張らなあかんと思います。
———今年“入り口”を作る目的は、最終的に独演会に来てくれる人を増やすことですか?
そうですね。独演会を全国何都市かで開催できるような活動ができたら、それが究極の形です。テレビに1本も出てなかったとしても、そっちのほうが良い。ただ、仕事はどんどんいろんなことをやっていきたいですね。なにがきっかけになるか分からないですから、なんでもやってみたいです。
取材(写真・文)・編集: 堀越 愛
〈街裏ぴんく〉
特技:全ての有名人を街中で目撃したことがあるので、その目撃談を話せます
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