【WEST ANTS ストーリー -vol.1 加藤 進之介-】大阪を「芸人が飯を食える場所」にしたい ~西の地下で蠢く、新たな笑いの息吹~

2021年4月12日、お笑い芸人によるユニット『WEST ANTS』の結成が発表されました。ユニットを構成するのは、関西ライブシーンを中心に活動する9組18人の芸人(絶対的7%、トルクレンチガールズ、ボニーボニー、にぼしいわし、風穴あけるズ、ブルーウェーブ、ハノーバー、クボ、シンバルモンキー)。大阪・西心斎橋で『BAR舞台袖』を運営する加藤 進之介さんが発起人となり、個性的なメンバーが集まりました。

『BAR舞台袖』は、大阪でインディーズのお笑いライブが行われている数少ないライブハウスのひとつ。コロナ禍以前は「お笑い好きが語れるBAR」としてバー営業もしていました。ライブハウスのオーナーである加藤さんが、『WEST ANTS』を立ち上げた理由とは。そして、今後の構想とは……?じっくりお話を聞きました。

【WEST ANTS ストーリー -vol.0-】大阪お笑いに、新たな息吹!芸人ユニット『WEST ANTS』とは

こっちでお笑いできへんようなったら嫌やな

――『WEST ANTS』発足のきっかけはどういったものだったのでしょうか?

加藤 進之介(以下、加藤): 「こっちでお笑いできへんようなったら嫌やな」って思ったのがそもそものきっかけです。ここに店(BAR舞台袖)作った理由でもあるんですけど、今どんどん東京に芸人が流れていっちゃってるんですね。年々大阪の芸人が少なくなっていってるんで、それが嫌だっていうのが一番です。大学の友達もみんな東京に就職してるし、シンプルに東京に仕事が集まってるからお笑いもそうなって当然なんですけど、スタッフとかメディアとか、全部仕事が向こうに寄っていって、芸人もどんどん東京に行ってしまう。大阪で芸人が活躍できるようにしたいんですよ。

この状況が何年も続くと、東京の方がおもろいし、仕事も東京やしみたいになって、こっちでお笑いができへんくなる。それが嫌なんです。大阪のインディーズシーンにも面白い人はたくさんいるんですけど、2年ぐらい大阪でやって、「無理や、もう売れようないわ」って諦めて東京行っちゃう人がほとんどで……。諦めず大阪を選んでくれてるおもろい人らが、今ギリギリ何組かいるけど、各々が点でやっても難しい。それで「もう集めてユニットにした方がいいかな」ということで作ったのが『WEST ANTS』です。

――ユニットメンバーで、最初に声をかけたのはどなたですか?

加藤: 「にぼしいわし」のいわしさんです。にぼしいわしさんはフリーで活動してるんですけど、『THE W』で2年連続決勝に行ってて、東京のごっついライブにもしょっちゅう呼ばれて、隔週ぐらいで東京行ってるんです。交通費が出ないんでいつも実費で行ってるし、どう考えても東京に行った方がいい人たち。それを自分達でも分かってるのに、大阪にいるんです。あえて事務所には所属せず、フリーで「自分たちでどこまでいけるか」を試そうとしてる。しかもそれを大阪でやっている人がいないから、「大阪で」やりたいって言ってはる人たちなんです。

なんやろ、僕の同志みたいな二人で。あの人らが大阪に残ってるのは、奇跡だと思うんです。だから本当は店がもっと軌道に乗ってからユニット作ろうと思ってたんですけど、にぼいわ(にぼしいわし)さん、僕がちんたらしてたら諦めて東京に行っちゃうと思って。2020年の11月頭、『THE W』の前くらいから、「はよせな」と思って声かけました。そしたら「同じこと考えてた」って、めっちゃ賛同してくれました。

――ユニットメンバーに、この9組(絶対的7%、トルクレンチガールズ、ボニーボニー、にぼしいわし、風穴あけるズ、ブルーウェーブ、ハノーバー、クボ、シンバルモンキー)を選んだのはなぜですか?

加藤: ほんまに、「シンプルに面白いと思う人達」です。逆に言うと集客面とかは全然気にしてなくて、僕の基準で選んじゃいました。策練ってないですね(笑)。メンバーも、絶対あの9組だけが良かった、っていう感じでも正直なく。もっと声かけたかった人もいるにはいるんですけど、多すぎるので1桁に留めました。あと、学生とか社会人とかいろんな方向からやりたいので、そこも入れてます。学生芸人も社会人芸人も東京の方が圧倒的に盛り上がってるんで、大阪もそうなりたいですね。

※ユニットメンバーの中では、クボが学生、トルクレンチガールズが社会人。

――今後『WEST ANTS』のメンバーが増える可能性はありますか?

加藤: 可能性はあるんですけど、結構先の話だと思います。今芸人として活動してる人を引き込むというよりは、これから芸人やるって人が出てきたときに、選択肢の1個になるくらいのとこまでいけたらいいなって感じです。

――芸人1本で活動している人だけでなく学生や社会人芸人をメンバーに入れているのは、「大阪のお笑い文化の底上げ」みたいなところを指針にしているからですか?

加藤: そうですね。「大阪のインディーズシーンにいてもメジャー志向でいける」っていう空気を作れば、東京に行かずこっちに残る人が多分増えるんで。いっぱい増えれば、この人ら使って何かしたいって思ってくれる裏方の人が増えて、大阪で仕事しようとかライブをしたいってライブハウス作る人も増えると思います。こっちの母数がどんどん増えていけば、東京みたいになるかなって。そしたらできることも結構増えるので、そうしたいですね。

東京と大阪。ライブシーンの現状

――東京はお笑いの事務所がたくさんありますし、芸人さんが所属事務所の垣根を超えてライブに出ることも多いです。劇場も主催者もたくさんいるので、インディーズライブも盛り上がっている気がします。対して、大阪のライブシーンはどんな状態なんでしょうか?

加藤: 東京は新宿だけでもライブハウスが10か所以上あるし、ライブを打てる環境が整ってますよね。対してこっちは、関西全体で見ても(吉本以外の劇場は)10か所も無い。場所が無いということ以外にもいろんな理由がありますけど、自由にライブを打てる環境が整ってないんです。そうすると、芸人も裏方も仕事が無いので、東京に行っちゃう。それから、東京だと毎日いろんなところでお笑いライブやってるんで、工夫しておもろいことせんと人が来ないですよね。大阪だとそもそもライブが少ないんで、普通にネタをやるだけのライブでも人が来るんですよ。やから、企画にこだわる人がそんなにいない。……ってなったら、ライブの質も東京のほうが上がっていく。相対的に大阪のお笑いが弱くなってしまうと思うんですよ。

―なるほど。「お笑い=大阪」のイメージがありますが、この状況が続いていくと大阪のお笑いがすごく弱くなってしまう可能性が出てきますよね。

加藤: そうですね。だいぶ前から、その傾向は始まっていると思います。昔の『M-1グランプリ』の準決勝は、もともと大阪と東京で1日ずつ行われてたんですよ。なんでかと言うと、大阪にいっぱい芸人がいたから。でも、最近の準決勝は東京1か所だけですよね。『キングオブコント』もそう。大阪には、もう人数がいないんです。

大阪のインディーズシーンから「売れる道」を開拓する

――『WEST ANTS』は、大阪での活動にこだわっていますよね。今後隔月で東京遠征をするそうですが、それはなぜですか?

加藤: 「東京進出のため」の東京遠征というよりは、「大阪で売れるため」の東京遠征です。大阪で売れるためには、東京を1回経由したほうが早いんです。東京では、100人、200人のお客さんが来るような規模の大きいライブに出していただけるので。そこのお客さんに「この芸人おもろい」と思ってもらえれば、SNSとかに書かれたときの反響も大きいので広まりやすい。東京で跳ねたら大阪の人にも知ってもらえるので、こっちのライブも埋まるようになると思うんです。めっちゃ回りくどいんすけど、大阪だとそもそもライブに人が来ないから、1回東京を噛まして反響を出すために行くんです。

――メンバーが有名になって、テレビに出るようになると「東京進出」も選択肢に上がってくると思います。それでも、大阪でのライブにこだわっていくのでしょうか。

加藤: その方針は、コンビ毎に違います。にぼいわさんは、テレビはもちろん出れるんやったら出るけど、タレント思考がないから「最終的にはライブで食いたい」って言ってるし。ハノーバーさんとかは「テレビにいっぱい出たい」って言ってるから、まあ人それぞれです。

――それでは各コンビが売れる過程を、『WEST ANTS』の活動を通じて支えていこうということでしょうか?

加藤: そういうつもりです。中でもにぼいわさんは「ライブで飯食いたい」っていうところが僕と一緒で、なおかつフリーなので、長い付き合いになるのかなって思ってます。勝手に。

――『WEST ANTS』はどんな人がターゲットになるんでしょうか?

加藤: 普通に、「お笑い好き」の方々です。一番は『M-1』とか観に来るようなお客さん。本来はそれが一番良いです。……でも大阪のお笑い好きは、吉本さんの劇場に行くのでむずいですね(笑)。劇場に行くお笑いファンって、女性が9割くらいなんですよ。吉本の芸人さんが「サッカー部」だとすると、『WEST ANTS』はバドミントン部。やっぱり、彼氏作るならサッカー部が良いじゃないですか。そうなると、よう推さんのですよ(笑)。バドミントン部もおもろくても、やっぱりサッカー部が良い。みんながサッカー部言うてる中、強い信念を持ってバドミントン部推せる子って少ないと思うんで。サッカー部とまではいかなくても、バスケ部くらいになることが目標です。

そうなるためにはまず注目されることが必要なので、お笑い以外のところにいる人をどう引っ張ってくるかは意識してます。すでにお笑い好きの人を振り向かせるのは難しい。だから、普段お笑いを観に来ない社会人や学生も呼びたい。お笑いの入り口が『WEST ANTS』やったら、『WEST ANTS』のファンになってくれるんすよ。

――そうなってくるとライブの在り方も少し変わってきそうですね。例えば、ネタオンリーのライブだと、お笑いにあまり興味がない人の入り口としてはハードルが高いのかなと思います。

加藤: そうですね。だから難しいんすよ。入ってるメンバーはみんな、ネタしたいがためにライブやってるんで……。だからほんまに、一番誰も我慢せずにやれるのが、結局東京なんです。東京のお笑い好きの方たちに観てもらって、メジャーまで上げてもらって、大阪の人に知ってもらう。なんやったら「はじめから推してましたよ」みたいな顔してもらって。“ここ推してたらツウ”みたいな枠に入れたら、大阪でやりたいことができるのかなと思ってます。

BAR舞台袖に訪れた芸人のサインが飾られている

――『WEST ANTS』結成を公表して以降、追い風みたいなものは感じていますか?

加藤: そうっすね、協力してくれはる東京の団体さんはいます。「インディーズシーンで自由に動ける人らで何かしよう」っていう思いで多分協力してくれてて。僕らと一緒にライブするメリットって全く無いんで、めっちゃ投資やと思うんですよね。親切心でいろいろ一緒にやってくれてる人がいるのは、追い風っちゃ追い風です。ラジオ(『関西発 芸人ユニット WEST ANTSのアリ様』MBSラジオ/4月26日放送)とかもそうでした。

裏方の流出を防ぐための箱」をつくりたい

――『WLUCK』は多くのお笑いファンからなる「笑いの仕事をつくるオンラインサロン」なんですが、メンバーのようなお笑いファンの方々がお手伝いできることってありますか?

加藤: ライブに来てくれるのがどんだけ価値あることかって感じですね。今の大阪で、この集団(WEST ANTS)を観に来てくれて「こんな芸人がいて面白いんねん」って、他のお笑いファンの人たちとか他の友達とかに言ってもらうだけで、めちゃくちゃ、めっちゃ嬉しいです。

――将来お笑いの仕事に携わりたいと思っている人も『WLUCK』内には多いのですが、今からお手伝いできることは無いですか?

加藤: 今のところ一切お金を生み出せる集団じゃないので……報酬を払えないから頼めないです(笑)。ただ、今、2店舗目を出せるテナントを探してて。そっちは「裏方の箱」にしようと思ってるんですよ。今やってる『BAR舞台袖』は全部芸人が主導なんです。「こんなライブをいついつしたい」っていうのを受けてライブが決まって、コーナーを一緒に考えたり、当日音響・照明したりとか。そんなんはするけど、基本芸人主導なんです。なので、こっち(BAR舞台袖)は「芸人の流出を防ぐための箱」。もう1店舗を「裏方の流出を防ぐための箱」にしたくて。

裏方が「こんなライブしたい」で出演者集めて、企画した裏方の名前は表に出るような仕組みにしたくて。面白いことしたらちゃんと報われて、「この裏方がやること面白いね」ってなりゃ良いなと思って。そういうライブで毎日埋まるような箱が1個できたらいいなってことを今考えてます。そこだったら、なんでもできるかもしれないです。お笑いの仕事でなんかやりたい人なら。まだテナントも決まってないんで、これは予定ですけど。

――すごくいいですね!

加藤: 裏方の名前が外に出るようになれば、もうちょっとモチベーションになるかなとか思って。まだどうなるか分かんないですけど、今のところこの方針でいこうと思ってますね。東京みたいに、凝った企画を考える人が増えると思うんで。ただのネタライブをやる以外に。そうなったら、ちょっと盛り上がるかなって。

――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

加藤: このユニットが「大阪のためになる」っていう思いでやってます。大阪で活動する、いろんなタイプの芸人を増やしたい。それでライブが増えたら楽しくなるから、応援してほしいですね。実は大阪のライブシーンは縮小していってるので、これを機に大阪がいろんな芸人が活躍する場所になって、留まる裏方や芸人が増えたら良いなと思ってます。

取材 ライター:藤田うな、写真:ことばのラジオ
編集 堀越 愛


加藤 進之介(かとう しんのすけ)

1992年大阪府豊中市生まれ。

大阪大学に在学中、養成所に通いお笑い芸人を目指す。卒業後一般企業に就職したが、3年目に退職。
2019年6月に、「BAR舞台袖」を大阪市浪速区にオープン。
2020年2月、同市中央区の難波駅近くに移転。
2021年4月、芸人ユニット『WEST ANTS』を始動。

WLUCK CREATORS