【街裏ぴんく新作漫談会「壇」4ヶ月密着ルポルタージュ①】クソ真面目な男が漫談に込めるリアリティの息吹

芸人に取材をする難しさを日々痛感している。

筆者はライターだ。主にインタビューや現場取材を生業とし、お笑い芸人へのインタビュー取材も多い。

やはり取材は抜群に面白い。それは私に“聞く力”があるから。なんてわけはなく、ひとえに芸人の話す力のおかげだ。しかしいざインタビュー原稿を作ろうとすると頭を抱えてしまう。芸人の言葉を文字にすることの野暮にいつもぶちあたる。

“ライブレポ”というのもなかなか厄介だ。ファンの熱のこもったライブ感想に対して、客観的な事実を伝えるライターのレポは、どれくらい有効なのか。はなはだ心もとない。

こんなふうに、芸人の魅力をライターとしてどう伝えれば良いのか、いつも悩んできた。そしていいかげん悩むことにも飽きてきたので、ずっとやりたかったことをやることにした。

「芸人ルポ」である。芸人のそばについてまわって、私が現場で感じたこと/考えたことを材料に原稿を書く。その文章を通して芸人の魅力を伝えたい。これはもはやエゴである。

どうせエゴなら、今一番好きな芸人のことをまずは書きたい。そこで今回、漫談家の街裏ぴんくのライブに密着させてもらうことにした。

街裏の漫談は、その魅力を言葉で伝えることが本当に難しい。「YouTubeでも良いから、まずは見て!」としか言いようがない。しかしだからこそあえて、今回は自分の言葉で、街裏の魅力に迫りたい。4ヶ月連続で行なわれる、街裏ぴんくの新作漫談会『壇』に密着する。

王者の1年を終えて

『R-1グランプリ 2025』決勝の翌日、沖縄・那覇のOutputというライブハウスで、街裏ぴんくは肛門を見せようとしていた。もちろん、あの淫靡なピンクのスーツを脱いでいるわけではない。しかし彼は「伝わるまで終わらないですよっ!」と叫び、ステージに腰を下ろしてのけぞり、肛門を開いていた。もはやライブハウスの後方からは人影に隠れて、街裏の姿は見えない。ただただ「ウケろッ!!」という叫びがこだまし、高波のような笑いが前方から押し寄せてきた。異様な気迫だった。

ライブ翌日、私は那覇空港から東京へ戻った。機内に乗り込み座席に腰を下ろすと、隣に街裏ぴんくのマネージャー・桃原さんが座っていた。桃原MGの地元は沖縄。実家に寄ってきたのだという。街裏はといえば「ネタが間に合わない」と言って、先に東京へ戻ったそうだ。

「昨日の街裏さん、気合入ってましたね」と話しかけると、「R-1の翌日で、思うところがあったんじゃないですか」と桃原MGは言った。友田オレが優勝したことで、街裏は“前王者”となった。『R-1グランプリ 2024』で悲願の優勝を果たした街裏は「R-1には夢があるんですよ!」と絶叫し、王者として1年間を過ごした。その日々が終わって初めてのステージがOutputなのだった。そこで街裏は、肛門をさらけ出した。

それからしばらくして、「街裏ぴんく新作漫談会『壇』」の開催が発表された。渋谷はユーロライブにて、4ヶ月連続で全編新作を披露する単独ライブをやるという。街裏ぴんくの新章が、ここから始まる。そう確信した私は、4ヶ月間の公演を追うことにした。

Photo:こいそ

細部までこだわるリハーサル

5月2日(金)、渋谷は雨だった。14時に会場入りする予定だと聞いていた私は、その15分前にユーロライブに着き、街裏の到着を待った。しかし14時を過ぎても現れない。「安里さん!」と呼ばれる。振り向くと、そこには桃原MGがいた。13時半には着いていたそう。出遅れた。

会場に入ると、私服の街裏がいた。「おぉ、今日はありがとうございます。こないだは運命でしたね」と、街裏が言う。今回の取材にあたって、リモートで打ち合わせをした翌日、偶然、高円寺の道端で会ったのだ。それを「運命」だったと、さらりと言う。「運命」という言葉を、こんなにも適切な質量と温度で手渡せる男がいるのか、と驚いた。街裏ぴんく、色男だ。

開演まで5時間半。街裏がどう過ごすのか気になった。「早く来てもらったのに申し訳ないんですけど、大したルーティーンとか験担ぎって別にないんですよ。大丈夫ですか」と苦笑するが、こういうクセみたいなものは自分ではわからないものだ。

この日の街裏は、舞台照明と音響のチェックを入念に行った。まず、14時40分に打ち合わせがはじまる。

ネタ終わりに照明を消し、BGMを入れるタイミングについて、スタッフに伝える。照明を落とすタイミングは、0.5秒単位で指定される。目安としては、言葉で終わる場合は「1.0秒」、アクションで終わる場合は「0.5秒」だそう。

オペレーター用の指示書は手書き。ネタ終わりの部分の台本と、照明の時間指定が書かれている

打ち合わせを終えると、ステージで軽くリハーサルを行いながら、照明と音響を調整していく。自らステージに上ってチェックしたり、桃原MGを立たせて客席からチェックしたり。ステージ前方、中ほど、後方、それぞれの上手側、下手側、どこから見ても満足のいくようにチェックするその姿は、さながらドキュメンタリー映像で見るミュージシャンやダンサーのよう。

実際にステージに立ったことで、修正されたネタもある。「旅客機」だ。下半身が飛行機の女性「女客機(にょかっき)」に告白された街裏が、彼女の初フライトを見守る。無事飛び立ったかと思われた女客機は、ひらひらひらと落ちてくる。それを抱きとめた街裏。この場面、当初はステージに倒れながら女客機を抱きとめていた。

しかし、そうするとオチの部分が見えなくなるということで、立って受け止めるアクションに変更された。おそらくもっと広い会場だったら違う判断になっただろう。この日の舞台に合わせたネタの調整だった。

開場後の照明やBGMにまでこだわる。雰囲気のある暗めの照明を提案されるも「雨やし、どんよりしちゃうかも」と明るめに変更する。途中、風邪気味だというスタッフに「大丈夫?」と声をかけていた。自身の漫談へのこだわりを保ちながら、スタッフや観客への心配りも欠かさない。街裏ぴんくは紛れもなくエンターテイナーだ。

街裏ぴんくの必需品

1時間半ほどかけてリハーサルを終えた街裏は「これやっぱ舞台演出いるよ」と桃原MGに相談。たしかに本番直前に1時間半もかけて細部まで調整していく労力は並ではない。しかし桃原MGに言わせれば「ネタの正解はぴんくさんの頭のなかにしかないので、演出家が入っても結局はぴんくさんが言わなきゃいけないですよ」。

どちらも一理ある。ちなみに桃原MGも、新ネタライブでは本番ですべてのネタを初めて聴くそうだ。街裏以外は誰もネタの全貌を知らない(ちなみに“嫁”には少し話すこともあるそう)。舞台演出を入れる余地はないように思えるが、街裏のビジョンはまた違うところにあるのかもしれない。

16時半ごろにリハは一段落。会場内で自撮りをしている姿もあった。SNSの告知用だった。

参照)街裏ぴんくX

食事を取ったのは17時半。開演2時間前だ。ものの10分ほどで食べ終わる。18時半頃に、後輩芸人がやってきた。開演前の影ナレをしてくれるようだ。街裏が「セリフ量多いのにしてもうた……」と頭を抱えると、後輩は「じゃあ削りますか」と軽口を叩く。

スタッフが足りないようで、急きょ仕事の合間を縫って手伝いに来た後輩芸人と事務所スタッフをねぎらう。はじめてのユーロライブ単独で勝手がわからないのは街裏だけでなく、裏方も同じだ。

街裏は「いつものやつお願いします」と桃原MGに頼む。しばしあって、控室にひとり座った街裏は、手振りを交えながら口元でボソボソとセリフを口にしていた。この日、街裏がネタをさらっていたのは、この20分だけ。

Photo:こいそ

開場10分前になると、「よいしょ」と言って革靴を出し、つま先のあたりを人差し指で3回ずつ弾いた。桃原MGがアイロンをかけてくれたスーツに袖を通し、ズボンを履き、革靴を履いた街裏は、おもむろにジャケットを脱いで、トイレへ。10分後に出てきた街裏の表情は、少しこわばっているように見えた。出すものを出して、テンションが上がってきたか。

最後の一服を済ませると、楽屋でソワソワし始める。緊張しますか、と声をかけると「自分で単独やるって言うたんですけどね、イヤやなぁ」と観念したように笑い、舞台袖へと移動した。

いよいよ開場時刻が迫ってきた。舞台袖に移動したのは開演の10分ほど前か。そこには桃原MGが準備した、一枚のスポーツタオルと、ポケットティッシュと水の500mlペットボトルが3つずつ。使用したティッシュを入れるビニール袋もセッティングされている。やはりこだわりはあるものだ。

ネタは思い出すだけ

リップクリームを塗り、水を一口含み、開演のときを待つ。ユーロライブの舞台袖は狭い。3段の階段を上がり、短いカーテンを抜けると、すぐにスポットライトだ。否が応でも緊張が高まる。

Photo:こいそ

開演時刻。ここで客席にちょっとしたトラブルが起こり、桃原MGが確認に追われ、少し開演が押してしまう。街裏は「なにしてんねん!遅い!」と少し声を荒げた。この日、街裏が感情的になったのはこのときだけ。最も集中するタイミングだ、無理もない。

まずはオープニングトーク。観客とのチューニングを合わせていく。「この俺の人生ね、めちゃくちゃなこと経験してますわ。漫談にするほどでもない経験もいっぱいしてますよ」と切り出し、飯田橋で出くわしたでっかい天丼の“思い出”を話した。

「これ別に漫談にするほどじゃないでしょう? 俺はネタつくったことないって言うてるけど、思い出すだけだから」

Photo:こいそ

オープニングトークを終えて袖に戻ってくると、顔の汗をタオルで拭い、ティッシュで鼻をかんだ。水も口に含む。体液を迸らせ、水を飲みこむ。これから2時間しゃべり続ける街裏は、ずっと液体とともにあった。

ネタを重ねるごとに、会場は熱を帯びていく。私は舞台袖から街裏と客席を見ていた。ステージ側にいると、笑いが壁のように押し寄せてくる。その笑いの壁の圧を、街裏はその巨躯で受け止める。ツバを飛ばし、汗に濡れながら、顔を真っ赤にしてしゃべり続ける。

Photo:こいそ

街裏の漫談は、身振り手振りのアクションも多い。客席から見ていると横移動が目につくが、この日舞台袖から見ていて気づいたのは、ステージの前後にもかなり動いているということ。遠近をたくみに使うことで、漫談に強弱をつけていた。

肛門フェチの医者に肛門を診てもらう「肛門」や、眠りに落ちる寸前に現れる「グンナイ鬼」との出会いなど、今回も街裏は唯一無二の体験で爆笑を生む。

「よっしゃッ!」

どのネタも面白い。しかしこの日、街裏がもっとも高揚した瞬間は、明確にあった。6本目のネタ「壮絶な一日」の後だ。

Photo:こいそ

「3日前、僕の人生の中でもとんでもなく壮絶な一日だったんですよ」からはじまる4分のネタは不条理の極地だ。顔に小便をかけてくる井上陽水、切りかかってくる女コロ助、高速回転する区民センター、ウインナーを炒めながらやってくる役所広司……。次々と迫りくる刺客に、街裏は襲われたのだ。

その強烈な脳内映像を街裏は高解像度で保存し、ダビングしている。その映像が焼きついたビデオテープを、我々の脳に直接ねじこんでいく。そうして彼の記憶をねじ込まれた私たちは痙攣的に笑ってしまう。我々の脳に刻まれたイメージは、もはや我々が経験してきた数多の思い出と等価だ。どちらも脳内に残っているという意味では、同じリアルだ。

Photo:こいそ

圧巻の4分だった。「壮絶な一日」を語り終えた街裏は、袖に戻ってくるなり「よっしゃっ!」と咆哮し、小さくガッツポーズをした。このネタをピークにして、ライブは終盤戦へと入っていった。

2時間にわたるライブを終えた街裏は、楽屋でぬるくなったカフェラテを一口啜ると、喫煙所へ向かった。タバコを吸う街裏は、こちらから話しかける前に「いやぁ、後半ダメでしたね」と切り出した。「壮絶な一日」に手応えがあっただけに、後半3本は物足りなかったようだ。このあたりはネタ順も反省の余地があると本人は語った。誤解のないように言っておくと、終盤ももちろん面白かった。特にラストの「弟子」は、街裏の美学も詰まった漫談だった。一個一個のネタだけでなく、全体の流れとして、もう一歩詰めきれなかったことを悔やんでいたのだろう。

タバコの火を消しステージに戻った街裏は、グッズ購入者へのサインに勤しんだ。所属事務所の社長もそばに立って手伝っている。

30人ほどにサインをし終えた街裏は、物販からサイン会への導線について、スタッフたちと意見を交わしながら帰り支度をした。客を満足させるために、物販のことまで気にかける。その気遣いは「王者の風格」とは程遠いかもしれない。しかしクソがつくほど真面目なこの男だからこそ、その漫談にリアリティの息吹を込められるのだろう。新作漫談会『壇』次回は6月5日(木)、初回を踏まえてどんなライブを見せるのか。会場で、配信で、目撃しよう。

街裏ぴんく新作漫談会『壇』volume.1 演目

1.ナショナル

2.肛門

3.グンナイ

4.旅客機

5.品美偉(現・プレゼント)

6.壮絶な一日

7.サザエさん

8.ペンギン

9.弟子

文, 撮影:安里和哲

編集:堀越愛