2024.09.29

植田の赤を前にした闘牛のような鼻息の荒さに底知れぬ人間の欲望を見た。【南翔太「御何様」第4回】

『御何様』は、芸人・南翔太による写真×文章の連載。
編集部が南に27枚撮り使い捨てカメラを渡し、1か月かけて自由に撮影。撮れた写真から想起する文章を綴る連載である。

使い捨てカメラは、スマホやデジカメとは異なり「現像するまでなにが撮れているかわからない」のが持ち味。どこでなにを撮るのか、そしてどの写真を選ぶのか、何枚選ぶのか、なにを書くのか……すべてを南に委ねてみた。

自販機

「ほんとはコーヒー牛乳でいいもんねぇ」

植田が番台近くの自販機と目を合わせたまま、わざと深刻そうに呟いた。湯上がりに一杯やるのは義務ではないというニュアンスだろう。段飛ばしの会話には慣れている。翌朝早くに予定を控えていたこともあり、自然な流れで、今日の所はコーヒー牛乳で乾杯することになった。
「こういう銭湯でしか見ぃひんタイプの自販機の『試されてる感』嫌いやねん」
互いに小銭を見繕っているタイミングでそう言うと、植田は説明を求むニュアンスの相槌を打った。
「これの場合1〜4番までがコーヒー牛乳ゾーンやん？別に何番から出てきても同じやからええねんけど、例えば1押してんのに3の列から落とされたりしたら『そうはさせない』的な意思を感じるねん」
「わかる、なんか正解のないクイズやらされてるフシあるよな」
俺がほんとうはこの類いのダルさが好きなことを植田は知っているし、俺と植田はよく似ている。
「じゃあ今日は正解するまで帰れまてんやってみる？」

俺が必要以上に賛同すると、植田はニタニタしながら自販機に小銭を入れ、モラル溢れる声量の「出席番GO！」で4番を押した。固唾を飲んで見守っていると、商品を落とすアームは古い団地のエレベーターのようなのっそりとした動きで、左上から1.2.3と通り過ぎ、4番のコーヒー牛乳を落とした。正解。爆笑した。
「こいつイジりNGなのかよ」
「もう『帰れ』やもんな」
はいはい失礼致しましたという態度でスピーディに1番を押すと、アームはそれに応えるようなハイスピードで1.2.3.4.5とコーヒー牛乳ゾーンを素通りしていった。植田は間接視野から消え、膝から崩れ落ちていた。13番。飲むヨーグルト。
「なんでやねん」
嫉妬が混じるほどに面白かった。これにてAIに仕事を奪われる云々の話は他人事ではなくなったし、少なくともこの自販機から人類が仕事を奪還する未来は訪れないだろう。
「こいつ真顔でボケるタイプなんかぇ」
「腹壊すまで帰れないんじゃない？」
すでに腹は壊れていたが、次いで3番を押すと3番から正解のコーヒー牛乳が落ちて、やっとこさ大喜利マシーンから解放してもらえた。

近くの丸椅子に腰掛け、ひとしきり自販機の話をしがむと、植田が真剣な表情でスマホを触り始めたので、俺も二本目の瓶を傾けながら、長風呂の間に溜まっていた連絡に目を通していた。

「笑い事じゃなかったのかもしれない」
突然、植田がスマホの画面を俺に向けてそう言った。五十音表の検索画像だった。
「俺が4番押して4番出てきたのが4×4で16、次に1番押して13番は1×13で13じゃんか？最後が3×3で9でしょ？これ五十音順に当て嵌めたら16番目と13番目と9番目で『タスケ』になる」
俺がゆっくり腹を壊している間、植田はまた渇いていたのだ。
「次は絶対に19番で『タスケテ』だ、自販機のSOSに気づかなきゃいけない」
植田の赤を前にした闘牛のような鼻息の荒さに底知れぬ人間の欲望を見た。

1番を押して奇跡的に19番が落ちればタスケテになるが19番は在庫切れか、そもそも商品が割り振られていない。だが積が19になるパターンはそれしかない。積が45番になり得る数字でタスケロを狙うか。しかしどの組み合わせも飲むヨーグルトの時と同じように商品から違う奇跡待ちであり、自販機に対する無茶振りだ。そもそもこれ以上の乳製品は危険だ。直接トイレに流すのとなんら変わらない。どう考えても深追いしすぎている。いやもう、どうする。ただ買わない選択肢はない。何番を押せばいい。

植田がタスケアタスケイタスケウタスケエと唱え始め、俺の目の前が赤みがかってきたそのとき、男湯の暖簾をくぐって出てきた親子が自販機の前に陣取った。我々もすぐさま後ろに並んだ。父親が予め握り込んでいた小銭を入れると、男の子は間髪入れずに4番を押した。身を乗り出すようにして事の顛末を刮目していると、当たり前のように4番が落ちた。男の子はランダムであることも知らないだろう。4×4。一瞬の間を置いて植田は興奮気味に男の子に握手を求め、何も知らない男の子は人形のようになすすべなくそれに応じていた。警戒してやや固い表情で微笑む父親の肩を俺がポンポンと叩くと、自販機がガコンガコンと1番2番を落とした。