謙虚とプライドの狭間でもがく男の記録 山里亮太『天才になりたい』

『天才になりたい』(2006/朝日新聞社)は、南海キャンディーズ・山ちゃんこと山里亮太の完全書下ろし作。“お笑いスター”になるため千葉から大阪の私大に進学し、吉本興業からデビューした彼は、悩みながらもなんとかして自信を付けようともがきます。現在映画や漫画クリエイターとして活動する小池太郎さんが、独自の視点から『天才になりたい』を紹介します。

反省

「会議終わって反省ノート持って帰ってく、その背中が寂しげでさ」

筆者の山里亮太こと山ちゃんの結婚発表後。友人のオードリー・若林正恭が自身のラジオにて、普段の山ちゃんをこう振り返った。

テレビ越しに見える山ちゃんは、誰しもが天才と疑わない。しかし、それは日夜の惜しみない努力の結果であることが、その言葉から見える。

『天才になりたい』 は、そんな彼の努力の過程を綴った自叙伝。スパルタに相方を追い詰め決裂した過去、そこから現相方のしずちゃん と出会い、自身の「責任転嫁」の性格を見つめ直し克服するまで。そこから彼が飛躍の階段を歩み進むまでが、血と汗に溢れた文字たちで記されている。

「努力をやめたいなんて1ミリも思わない」、彼が以前、新R25 というWebメディアで取材を受けた際の記事タイトル。雲ひとつない青空に見えても、探せば雲はあるはず。見えてないはずと両手をもがいて昇り続ける彼の姿が浮かぶ。

一方で彼は、「反省の天才」でもある。自分なんて……と卑下すると、自信を失い、やる気を失い、進む足が止まる。しかし彼は、「自分なんて」をエネルギーに転化させる。このままじゃいけないという精神に変えて、あらゆる群衆を飛び越え走っていく。彼の背中を押すのは「反省」。そしてそれが、ノートという形で記録化されている。

曰く、10年以上毎日続けているという。

この反省の蓄積こそ、彼が天才にまで上り詰めた所以である。

後悔

本書では、しずちゃんとの関係の破綻が赤裸々に綴られている。

ネタを書いているのは山ちゃん。しかし、いつも脚光を浴びるのはしずちゃん。そして、映画『フラガール』 の出演により、その溝はより深まる。演技力が評価され、俳優としても軌道に乗り始めるしずちゃん。彼女の輝きに嫉妬を覚えた山ちゃんは、彼女の愚痴を多方面で吐き出し始める。

しかし、当のしずちゃんは愚痴を言うどころか、「山ちゃんのおかげで今の私がある」と告げ、『フラガール』のクレジットにも、コンビ名である「南海キャンディーズ」の名を入れるようスタッフにお願いしていた。

それを知った山ちゃんは、今までの自己都合な放言を悔やむ。

その後、しずちゃんはボクシングの道へ進む。山ちゃんは、彼女がいつでもお笑い界に戻ってこれるよう、「南海キャンディーズ」の居場所を保ち続ける。その後、ボクシングを引退したしずちゃんは、山ちゃんの計らいにより、無事、お笑い界に舞い戻ることができた。

天才

天才になりたい。けど、なれない。しかし、努力を続ければ、天才の影くらいは踏めるかもしれない。

謙虚とプライドの狭間で彼はもがき、葛藤する。

だが、その姿こそ、天才であることに周囲は気づき始めている。

先を見据え、謙虚なのが、天才なのだ。


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