「自己肯定感」について《春とヒコーキ「VIP ROOM HARUHIKO」第55回》

『VIP ROOM HARUHIKO』は、春とヒコーキがバーのVIP ROOM で本音を語るような、そんな場所。

‟語りつくされた、でも正解はなく、各々で考え方が異なる”普遍的なテーマについて、ぐんぴぃと土岡がそれぞれの視点で綴ります。

今月のテーマは、『「自己肯定感」について』。


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theme.「自己肯定感」について

ver.ぐんぴぃ

自己肯定感ってある程度売れたら上がる思っていたんですけど。見当違いでした。
色々理由はあるのですが、ざっくり整理すると「自分を好きになる気力と才能」がないと判断しています。諦念。

オファーされたライブや番組収録でとりわけウケた日だけ『俺って面白いなぁ』と自分をちょっと好きになれます。YouTubeはウケて当然の現場なのでそんなこともなく。溜め撮りすればするほど減点式に凹んでいくことが多いです。

悪性のスベりをしたらとにかく自己嫌悪に陥ります。良性のスベりならナイスファイトと鼓舞できますが、悪性は目も当てられません。挑戦せずに当てに行こうとしてウケない、ハマらないのを悪あがきしてより惨事を招くのが悪性のスベりです。
悪性にスベったら二度とその仕事は呼ばれないのですが、稀に辛抱強くお声がけいただくことがあります。向いてないお仕事と割り切ってお断りするかいつも悩みます。僕より向いている人がいるのだから断った方が良いだろうと。しかし結局“お笑いでできた傷はお笑いでしか癒やせない”ことを思い知らされているので出演します。ここでスベったらもうおしまい。でも二度目はウケてきたので、まだ続けられています。
「1回目、散々な目に遭う。2回目、オトシマエをつける。3回目、余裕」。永ちゃんのコピペですね。永ちゃんって自己肯定感の王だから、コピペ読んでる間は気分良くいられます。

他人と比べてると自己肯定感は上がりません。己より優れた人間は山ほどいます。
しかし、比べるなと言ったってそれができたら苦労はしねえ!のです。
だからちょっと変えてみる。他人の長所と自分の短所を比べていることが多いので。これを逆にする。自分の長所と他人の短所を比べてみます。ちょっと気が楽になりますよ。あの人は返しが面白いけど、女癖が悪くて尊敬できないよ、とか。
下を見て安心する行為なのでやりすぎは良くないですけども。

自分のことが好きじゃないと、お笑いで不利なことがあります。
オードリーの若林さんが「天下を取れるのは“お笑いの教科書”を押しつける力が強い芸人」と仰ってました。
芸人の数だけお笑いの教科書があります。何を面白いと思うか。それがぶつかる現場があります。領域展開の押し合いのように。ここで競り負けない自信と胆力が必要です。

自分はすぐに現場のルールに合わせてしまいがちです。合わせないとテレビでぜんぜん使えないことがあるから仕様がないとも思っていますが。尊敬している伊集院光さんも媒体ごとに使い分けているから、と正当化しています。

YouTube番組「背徳フライデー」ですらメインは大鶴肥満さんだと思っているので。フォローに回ろう、ルイージ的な立ち振る舞いをしようとしています。だから不評です。伊集院さんと違って不器用なので。伊集院さんとルイージは器用。ここは自分の課題だし、切羽詰まるしかないとも考えています。

先日行われたタイタンライブに虹の黄昏さんが出演していました。東銀座のおしゃれな劇場、爆笑問題さんの時事ネタを楽しみに来る大人なお客様。暗がりにビターな出囃子がかかるなか、モニターにエピグラフ(小説の一節)が表示される瀟洒な演出。虹さんがハマるのかなぁと袖で見ていました。
お二人はいつも通り甲高く叫び、飛び跳ねては物を散乱させて。乱痴気騒ぎの大暴れの限りを尽くして、結局一番ウケていました。戸惑うお客さんも最後には手をたたいて笑っていました。銀座をホームの野方区民ホールに変えてしまった。理想のブレない芸人すぎます。

出番前のかまぼこ体育館さんが舞台袖でうろうろしていました。珍しく緊張しているなと思って覗いたら、ホワイトボードに小さく「ちんこ」って書いてました。ここまでブレないのか。僕は終演後も気付かれず消されない「ちんこ」に強く励まされる始末でした。


ver.土岡

自己肯定感、まあ高いんじゃないかなあ。自己肯定感の高い低いって、自己評価の高い低いとか自信のあるなしとは違うことだと思う。大前提、自分が好きだし、自分に腹が立つときも「もっとできるだろ」とか「もっとできろよ。おれなんだから」という考えが根底にある気がする。現状を嘆くときに思うのも、自分にもっといい思いをさせてあげたいという気持ち。だったら、自己肯定感は高いんじゃないかなあ。

ただ、自己肯定感という言葉はちょっとやかましい。「ほぼイキかけました」のイチロー氏も「僕にとっては気持ち悪い言葉」とおっしゃっていた。「古畑さん。(古畑にサインボールを投げ)値打ちが出ますよ」のイチロー氏が言っていたのは、ざっくり言うと「自分を肯定ばかりしている人は反省しなくて厚みがないんじゃないか」ということ。ぼくは、WBCで優勝して後輩にビールかけられながら「先輩を敬え~!」のイチロー氏とは違って、そんなストイックな理由じゃないけど、自己肯定感という言葉がやかましいと思っている。

それは、自分が自分をどう思っているかを、流行りの言葉によって外側からの圧で測らされているように思えるから。今まで気にしてなかった人も、自己肯定感と聞いたら「じゃあ私って自己肯定感が低いから、上げなきゃいけないのかな」という気持ちになってしまう。そもそも自己肯定感って言葉は、自己肯定感が高い人が聞けば「私は高いかも!いいね!」と思うけど、低い人が聞いたら「低いなあ。それもよくないんだろうな」と思うだけの言葉なんじゃないか。無理にものさしを用意するのは良くない。ワンピースのウォーターセブン編で「道力(どうりき)」という戦闘力を数値化する概念が登場したけどすぐ使われなくなったのを我々は覚えているだろう!

とはいえ、自己肯定感が低いという自認に苦しんでいる人は、それを変えられたらいいなと思う。「自己肯定感が低いけど、それでいい」という人はそのままでいい。

自己肯定感が低いのを変えたい人は、世界を肯定すればいい。自分の外のもの=世界、のいいところが見つけられたら、それは見つけた自分がちゃんと世界の良さをキャッチできる優れたアンテナだってことだから。世界の手柄に便乗すればいい。「ヘヴン」の川上未映子氏がテレビCMで「世界が外側にある限り」と言っていたけれど、世界は自分の外側に、意味は自分の内側にあるんじゃないかな(川上未映子さんは「ヘヴン」という小説を書いたのであって、「ヘヴン」と発言したわけではないぞ。イチローじゃないんだから)。


文:春とヒコーキ
編集:堀越 愛、サムネイル:つるみ32

PROFILE

タイタン 所属

左:ぐんぴぃ
右:土岡 哲朗

★公式プロフィール:https://www.titan-net.co.jp/talent/haruhiko/
★公式YouTube:春とヒコーキ / バキ童チャンネル【ぐんぴぃ】